2010年 11月 15日
ドル円為替相場の今後の予測〜円高はどこまで続くか! |
1 変動要因による現状分析
為替相場は複雑なパラメータで変動する。
その変動要因は、景気動向、株価動向、雇用動向、貿易収支、金利などと言われる。昨今のドル安円高は、上記グラフが示すように10年6月中旬以降から円高基調となり、日銀の円高阻止のための2兆円規模の介入にもかかわらず、値が止まらず、最高値(79円75銭)を更新するとの予測さえ囁かれている。
しかし、このパラメータに対する現在の経済指標をみて、円高に向かう環境にはないにも関わらず、最高値さえ更新かと予測される事態になっているのである。
具体的にみて行こう!
1)景気動向予測は、2010年第一四半期(1-3期)より初めて前年同期を回復(2.3%UP )するが、その後の四半期ベース成長率は1.8、1.3、0.5%の成長に止まる等の予測をみても、日本がリーマン以降の成長を確保できる実勢も予測もない。
2)株価は、2010年5月以降下降傾向にあり、円高基調に伴う輸出企業の為替差損による収益減予測で下降はあっても上昇予測はない。
3) 雇用動向は、完全失業率は、9月段階で0.1ポイント下がったが、2002年レベルの5%台に上昇して、欧米の10%前後に比べて低いものの、最高域レベルの水準にある。
4) 貿易収支は、リーマン危機の08年下期のマイナス収支水準から回復し、3半期増加傾向に回復。この面では、通貨高の要因となっている。
5)金利は、すでにゼロ金利水準にあり、しかも最近5兆円規模の国債、社債、CP、及び上場投資信託(ETF)REITなどリスクの高い債券を購入し、量的緩和策を2011年第二四半期迄投入すると発表している。
以上の代表的な指標からみて、④貿易収支以外に、円高基調にはないと言える。しかも貿易収支の黒字基調は、リーマン危機の08年下期以外に変化はなく、最近上昇基調に変化したというものでない。
2 世界経済の基礎条件の変化の特質
グローバルな「経済成長、貿易、価格形成、資本移動」の4つの変数=ファンダメンタルズ(基礎的条件)の変化がどのように起きており、その変数が過去と現在を比較してどのような変化と方向を持っているかを見ることにする。
尚、この分析のソースは、モハメド・エラリアン著「市場の変相」2009年2月初版プレジデント社(英国:フィナンシャルタイム2008年度 Best Book of The Year受賞著書)です。
1)資本移動の変化
過去:「資本は、先進国から発展途上国に移動する」
現在:1990年代の終わりから、発展途上国の対外貿易収支は大幅な黒字を計上し始めた。外貨準備高を飛躍的に増加させ、投資を上回れる余剰貯蓄を実現し、先進国へ資金を提供する債権国となったこと。
過去:「短期金利(1年未満)の引き上げは、長期金利の上昇をもたらす」
現在:「連銀加盟銀行間の短期市場で調達する際の金利(フェデラル・ファンド金利)を引上げたにも関わらず、長期金利が低下傾向にある。しかも株式市況が上昇基調にあるにも関わらずにである。」
2)価格形成の変化
過去:商品市況は、収穫と価格は逆相関関係にある。つまり収穫増は価格の低減をもたらす」
現在:「大収穫にも関わらず、農産物価格が急上昇している。新興国の食肉需要の増加とガソリンからエタノールへのシフトに伴う穀物需要の増加、安全保障上の穀物在庫の積み増しによる価格高騰と資金の過剰流入の状況にある」
3)経済成長の変化
過去:「経済成長は欧州、アメリカ、日本などの先進国の成長エンジンに依存する。」
現在:「購買力平価にみると世界の経済成長への貢献度は、2007年で中国は、アメリカ、EU、日本を上回った。経済成長のエンジンは、ブラジル、中国、インド、メキシコ、ロシア、南アフリカの新興国に移行した」
4)貿易の変化
過去:「成長と国際収支はトレードオフの関係にあり、この関係は変えられない」
現在:「新興国は、次第に国内内需を増加させ、アメリカの輸入減を相殺し、穀物・原油等の輸出商品の価格を比較的高めに設定できる状況にある」
「新興国は、高成長局面に入りながら、持続的で大幅な貿易収支と経常収支の黒字を計上し外貨準備を大きく積み増している。」
3 今後のアプローチと市場の変容予測
上記の世界経済のパラダイムシフトと言える変容の内容を見極め、今後のアプローチを検討してみたい。
『市場の変相』は、現在の「大転換」を注視・分析するための枠組みを提供している。
要約すれば、以下の3点である。
①欧米日だけでなく新興国の経済・金融システムの条件と行動パターンの変化
②新興国の新たな資産蓄積及び政府系ファンド(SWF)の国営投資機関の動向
③ファンダメンタルズだけでなく、金融改革を原動力にした商品構成と構造変化
1)新興国の国際収支の黒字蓄積と外貨準備の積み増し
今後、中国を筆頭に経済成長のエンジンが輸出主導型から、内需主導型に切り替わり、また天然資源で外貨を稼ぐ中東、ロシア、ラテンアメリカ諸国における内需主導経済の進展で、世界経済の推進力が変化する。
貿易収支による差益は、外貨準備高として蓄積され、先進国の金融を融資する構造が成立する。
2)新興国の為替レートの切り上げ基調への変化
新興国の経済転換、内需主導経済の進展は、輸出増加率が輸出増加率を上回る。これに伴い、エネルギー、基礎素材、自動車、食肉などの世界消費に占めるシェアが上昇する。
この内需主導基調は、自国通貨の低レート設定の政策基調から、為替水準の切り上げ基調へ変化する。
3)原油、金属、穀物などの商品価格の高騰と変動率の上昇
新興国の内需及び消費構造の変化のなかで、エネルギー消費、鉱工業原材料、肉食に伴う穀物需要の上昇と逼迫と投機的な需要のなかで、商品価格の高騰が続く。しかも、商品取引及び実質資産を購入できる金融商品などの開発が進み、これが一層の価格高騰とボラティリティ(変動率)を高める傾向を強めている。
4)新しい金融ブローカーの登場と金融資産の運用益確保
新興国は、外貨準備資金の増加と国内経済の高度成長への資本流入に対して、政府系ファンド(SWF)を設立し、資金運用の強化をすすめており、これは、オイルマネー、アジアの中銀行、ヘッジファンド、買収ファンドなどの新しいパワープローカーの一角を形成し、SWFと旧来勢力双方による余剰貯蓄の競争環境が生まれる。
5)デリバティブ取引と「証券化」商品の爆発的な拡大
通貨、商品、信用、金利、ローンなどリスクの多寡を混在させる商品を「証券化」して販売する債券が、信用リスクを売買するクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)でカバーする手法で爆発的に販売利用されるようになった。この取引が大惨事のタネを蒔く行為とする批判を飲み込むことが予測される。
(この証券化された債券の爆発的組成と普及が、リーマンショックの最大の要因となり、銀行のリスクを持った投資取引を禁止する法制化が進められ、投資銀行は解体された)
4 今後の円高見通し
この迄の世界経済のマクロ分析と分析アプローチを使い、今後の為替レート、円の対ドル為替レート、円高がどこまで続くのかの見通しを分析する。
これは前述著書との関係は一切なく、私独自の判断であることを付記します。
1)アプローチの方法
アプローチの方法は、3で示した分析アプローチを意識して、今後の為替変動を大きく作用するパラメータを想定して、個別分析を行い、そのウエイトを勘案して、今後の円の対ドル為替を見通すことにする。
① 先進諸国(米、EU)の経済財政見通し
② 中国を初めとする新興国の為替環境の見通し
③ 日本のファンダメンタルズに関する見通し
2)先進諸国(米、EU)の経済財政見通し
① アメリカ
09年2月の7870億ドルに上る財政支援措置にも関わらず、アメリカの各種経済指標(経済成長率、住宅価格、雇用、失業率、金利)はリーマン危機以前の状態に回帰しておらず、景気上昇、ゼロ金利からの離陸が実現できない状態が続いている。
これを受けて、FRB(米連邦準備銀行)は、ゼロ金利ベースでの金利政策における追加的金融緩和措置として、昨年来の1兆円規模の量的緩和措置(EQ1)ではまだ景気回復は難しいとの判断から、11月始めに6000億規模の国債購入を決める措置(EQ2)を発表した。つまり日本と同じゼロ金利及び量的な金融緩和策をとっても回復していない。景気回復見込みは2012年以降との予測は不変との見通し。
② EU
EUは、リーマン以前のサブプライム問題で英国ノーザンロック銀行破綻以降金融環境の悪化で、アイルランド危機をはじめ多くの金融的な緊張のなかで推移している
とりわけ、今日のユーロ安は、ギリシャの財政赤字を頂点に南欧(イタリア、スペイン、ポルトガル)の財政規律への中欧・北欧諸国の不信、財政支援への拒否等で軋轢が表面化して、一進一退状況にある。ユーロ安状態は当分不変との見通し。
3)中国を初めとする新興国の為替環境の見通し
①中国
中国は、マクロ経済において、新たな成長エンジンとして、また最大の外貨準備大国として、エネルギー消費大国として、世界経済の動向に直接的な影響を及ばす存在である。
しかし為替環境として、中国は、他の諸国とは異なり、政府の為替管理下におかれており、昨今の国際会議にても、米国などは、元の切り上げ圧力をかけるはずであったが、自らの金融緩和策の推進から、逆にこれを批判することができず、切り上げどころか、その存続を容認する形勢にある。
中国の為替システムの変更がない限り、今後の為替変動要因として不変の見通し。
②インド他
(略)
4)日本のファンダメンタルズに関する見通し
①経済成長
すでに現状分析の通り景気対策としてのエコポイント支援策が終了し、第4四半期見込みは前年比マイナスであり、円高基調に伴い輸出企業の益出しが厳しい環境にあり成長環境は当分見通せない。
②株価
上記経済成長要因と相関関係にある。またアメリカの経済指標との相関関係が多く、アメリカの経済指標に従属する株価推移にあり、回復ありも1万円前後の見通し。
③雇用動向は、完全失業率は、9月段階で0.1ポイント下がったが、2002年レベルの5%台に上昇した。大卒の内定率も過去最悪の状況にあり、回復は見込めない。
④貿易収支は、4半期増加傾向で黒字幅は減少するも、大枠は変化しない。
⑤金利は、最近5兆円規模の量的緩和策を実施、この効果への期待もあるが、実体経済の上昇には結びつかない。
5 結論
円高は、少なくとも2011年上半期において、円最高値を更新することはない。
2011円上半期迄は、85円±4円前後で推移すると予測する。
by inmylife-after60
| 2010-11-15 14:53
| 経済危機・投資
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