2017年 10月 10日
「ナチスの「手口」と緊急事態条項」ノート |
「ナチスの「手口」と緊急事態条項」ノート
2012年自民党の改憲草案は、交戦権及び戦力不保持条項を外し、自衛権と国防軍の創出を明記した9条改憲とともに緊急事態条項の新設が注目されている。これは麻生副総理が2013年7月に述べた「あの手口、学んだらどうかね」と語ったことからも一躍注目されることとなった。同時に多くの非難を受けた「民主主義によってきちんとした議会で多数を握って、ヒトラーは選出された」との言説も記憶に新しい。
この本は、タイトルが示すようにこのような言説の根拠となったヒトラー政権誕生とナチス独裁政権の樹立までの歴史的経緯を明らかにするとともに、ワイマール憲法下において「緊急事態条項」がどのような役割を果たしたのかを解明することにある。
また同時に、何故ドイツがナチスに惹き付けられたのか、戦後ドイツが何故緊急事態条項を制定したのか、欧米の類似条項との比較を通じたドイツの緊急事態条項の性格を論じたものである。憲法学者とドイツ近現代史研究者との対談形式による論説は極めて平易に記されており、とても分かり易い。
最も注目すべきことは、このテーマが「安全保障」という国家の基本的原理をどのように選び取ったのかということを考えることであると看破していることである。それは「次の世代に謝罪を続けさせる宿命を負わせてならない」との安倍首相70年談話の対極にある1970年西ドイツ首相ブラントの演説:「引き継いだ歴史から我々は誰一人として自由ではない」を引用して、その非を明らかにしようとするものであり、1985年のワインゼッカー演説はこの思想を受け継ぐものだったことを理解することができた。
以下ノート。
1)ワイマール憲法の統治機構について
①:国会(間接)と大統領(任期7年)の二元主義による民主的政治の実現
②:世界恐慌による社会不安と政治対立激化による国会機能不全の進行
③:国会に多数を持たず大統領による政権運営(大統領内閣)の常態化
④:1925年陸軍元帥:ヒンデンブルグ大統領(ドイツ帝政郷愁派)登場
⑤:大統領権限:首班と内閣任免権(53条)・国会解散権(25条)・緊急(事態)措置権=「大統領緊急令」(48条)
⑥「大統領緊急令」:各州への義務への武力介入権、基本権の全部又は一部の暫定的な停止、停止の国会への報告と国会の要求による廃止、詳細規定は国会による制定。
2)大統領によるヒトラー首班指名までのプロセスについて
①1930年7月大統領:国会(共和派が多数を占めた)を解散させて、尚かつ一度廃止された大統領令を再交付し、国会の混乱を狙う。
②1930年9月総選挙(完全比例代表選挙):ナチ18.3%、共産党13.1%。泡沫政党ナチスが躍進した。
③国会:国会は機能不全へ。成立法案の激減(30年98件、31年34件、32年5件)
④大統領:「大統領緊急令」発令多発へ(30年5件、31年44件、32年66件)→「大統領内閣」と言われる。
⑤社会民主党:野党でありながら、大統領内閣を容認→「ナチよりまし」
⑥労働者層の変化:社民党離れを生み出す要因に。
⑦大統領:無名の州議会議員パーペンを首班指名。パーペンはヒトラーと取引し、任期2年を残して主導権狙いで国会を解散。
⑧1932年7月総選挙:ナチ37.3%+共産党17.3%で国会過半数へ。国会の機能不全。
⑨首相:憲法は選挙後30日以内に国会招集を規定。パーペンは履行せず、無視する。
⑩大統領:行き詰まりヒトラーに副首相打診。ヒトラー:首相でなければ受けない。
⑪1932年9月冒頭解散:パーペン、内閣不信任案可決を恐れ、国会解散。ゲーリング議長はこれを遮り、内閣不信任案を採決したが、無効となり結局国会を解散。
⑫大統領令廃止:パーペン、国会での大統領令廃止の危惧から憲法に規定のない「国家緊急権」を宣言し、ワイマール憲法を停止する計画。(事実上のクーデター計画)
⑬1932年11月:総選挙:ナチ33.2%に後退。共産党16.8%。パーペン退陣。
⑭政権抗争:シュライヒャー首相、一次大戦前の軍部独裁政権を目指し、パーペンは、ヒトラーを首班とする右派統一政権づくりへ。シュライヒャー、2ヶ月で退陣。
⑮1933年1月:大統領、ヒトラーを首班指名、パーペン副首相。パーペンはヒトラーを利用し政権をコントロールできると判断したが、独裁政権に道を拓いた。
3)首班指名から全権委任法までのプロセス(1933年1月〜34年8月:1年半強)
①1933年1月:なぜヒンデンブルグは、ヒトラーを首班指名したのか?
・ワイマール憲法の議会制民主主義に終止符を打つこと。
・共産主義に脅威を感じる財界からの要請に応えること。
・ベルサイユ体制を打破し一次大戦前の軍国ドイツを取り戻すこと。
②1933年1月:ヒトラーはどのような強みを持っていたか?
・ヒンデンブルグとの親和性(いつでも大統領緊急令を発動できる)
・ゲーリング麾下の突撃隊・親衛隊(テロの補助警察)を組織したこと。
・大統領緊急令による言論統制を実施したこと
③1933年2月:議事堂炎上事件をデッチあげ大統領緊急令を発動する。
・ナチは現場にいた一人の共産主義者を逮捕、翌日に大統領緊急令を発動。
・基本的人権と私的財産の制限、州官庁の権限停止、州政府(ラント)の服従。
・州政府の服従は州政府への乱闘事件などを利用。マッチポンプによる支配。
・炎上はナチの自作自演。関係者はレーム粛正事件ですべて処刑。
④1933年3月:総選挙で43.9%を獲得し、恒久政権の根拠法を策定する。
・授権法(民族及び国家の危難を除去するための法律):「全権委任法」で憲法の改定を含む立法権を政府に付与する。
・授権法は1923年天文学的なインフレ時に経済分野に限った法案(時限制限)を立法したが、労働時間、年金、社会保険や失業保険は維持する措置を執る。
・授権法の成立:授権法の成立与件は3分の2の出席と3分の2の賛成であったが、ナチは賛成条件をクリアするために「炎上令」で共産党議員を捕縛し、出席条件をクリアするために議長の認めない理由の議員は欠席を認めず、「出席」と見なす手段を執る。
⑤「全権委任法」とはどんな法律か、どんなことが起きたか?
・第2条:「政府の議決した法律は憲法に違反することができる」と規定。
・憲法改正手続きの改訂:憲法改正規定を最高の主権的な規定と認めない。
・職業官吏再建法:公務員からユダヤ人と民主主義者を追放。
・遺伝病子孫予防法:特定遺伝病とアルコール中毒症に出産権を剥奪。
⑥1934年8月:ヒンデンブルグの死去を契機に総統職を新設し独裁政権へ。
・ 首相と大統領の権限を合体した総統職を新設し、死後権限を委譲する。
4)何故ドイツ人はナチに惹き付けられたのか?
①第一次大戦後のベルサイユ条約は、ハプスブルク帝国の崩壊に伴うドイツ系オーストリアとドイツ帝国との合邦(大ドイツ主義を禁じたこと)
②第一次大戦後の旧ロシア領から逃れてきた「東方ユダヤ人」の大量流入に伴う異なる生活文化への忌避感、違和感、恐怖心が醸成されたこと。
③ワイマール保守派によって第一次大戦敗北は「ドイツは戦いで敗れたのではなく、国内革命派の背後からの一突き」との言説が流布されたこと。
④ユダヤ人を宗教的定義から人種的定義に置き換えて、ドイツ人のアーリア人種との敵対性から、ドイツ国民から排除する民族共同体ナショナリズムを煽ったこと。
⑤中間層の、大企業と社民党政権下の労働者層からの乖離からの没落意識の醸造。
⑥共産主義に共感しないが、階級間の不平等に不満をもつ階層への危機観の醸造。
5)ドイツ憲法(ボン基本法)はなぜ「緊急事態条項」を新設したのか?
①1968年改憲:1949年制定憲法にない緊急事態条項第(17次改正)を新設した。
②1949年草案「緊急事態条項」:ナチによる濫用への危惧と西側占領国による西独全権確保により、草案から削除した。
③1952年ドイツ条約:ドイツ条約の「西側軍隊の安全のために必要な有効な措置が確保されれば、解除する」との条文から緊急事態条項の新設をドイツの主権回復に不可欠な措置と判断したため。
④憲法改正の必要性:法律改正で対応できなかった理由は、ボン基本法が連邦制であり、一端中央政府みに権限を移行する必要があったため。
6)ドイツ憲法の緊急事態条項はどのような仕掛けを持っているか?
①緊急事態の分類を対外的なものと対内的なものに区分けしたこと。
②行政府と個人には権力を集中しない仕掛けを作ったこと。
③緊急時には連邦議会議員と連邦参議院議員の48名の「緊急集会」で決定する。
④通信の秘密と職場選択の自由以外に基本的人権に関わる権利停止条項は設定していないこと。
⑤緊急事態の分類に従い、その目的に必要なことのみを制限したこと。
7)自民党の緊急事態法は、どのような危険性を孕むか?
①自民党案:ワイマールと同様に行政府長(首相)による閣議決定(100 日間)
②最大限尊重:人権・信条・性別・身分など法の下の平等(14条)、奴隷的拘束と苦役の禁止(第18条)、思想信条の自由(第19条)、表現の自由(第21条)を制限しないとは書いていない。
③憲法改正規定:100条規定で両院議員の過半数の賛成で国会が発議し、国民投票の過半数で成立と規定。
8)日本における緊急事態条項に必要な与件は何か?
①統治行為論の放棄:高度の政治問題には、裁判所としての判断を下さい」という運用を放棄すること。
②最高裁長官以外の判事の内閣任命権の排除:最高裁判事の国会の3分の2以上の同意を必要とする条項を新設すること。
完
by inmylife-after60
| 2017-10-10 19:15
| 歴史認識・歴史学習
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