2011年 04月 21日
川北 稔:「日本は東洋のポルトガルに!しかしそれも悪くない!」 |
川北 稔:「日本は東洋のポルトガル!しかしそれも悪くない!」
朝日新聞4月7日オピニオン川北 稔(大阪大学名誉教授:イギリス近代史)


この記事をみて、同じことをおもっていたので、紹介のあった「私と西洋史研究〜歴史家の役割」を読んでみた。
「日本の西洋史家は、イギリスの産業革命を誰も書いていなかった」という下りを読んで、唖然とした。中学の教科書の定番は、資本主義のなりたちとして最初に書かれるのが「イギリスの産業革命」だからである。それで処女作:「工業化の歴史的前提ー 帝国とジェントルマン」(岩波書店)を書いたとある。
しかし、救われたのは、イギリスの教科には「世界史」はなく、あまり日本も含めて東洋のことは知らないとあったことだ。やはり、これから生きるには、やはり世界史的な発想が不可欠です。
この本は、大変読み易く、日本における西洋史研究を含む歴史研究やマルクス主義経済学の凋落の様子がとてもよくわかる本だと思った。
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近代世界をひとつのシステムとして見る考え方があります。アメリカの社会学者ウォーラースティンが「世界システム」と名付けました。
これによると世界システムは、 16世紀の西ヨーロッパを中心に生まれました。その後は、大西洋をわたってアメリカに重心が移っていくのですが、全盛期の西ヨーロッパ諸国の中でも消長と興亡がありました。先頭を切ったのはポルトガルとスペインでしたが、やがてオランダとイギリスに抜かれてしまいました。
いま「21世紀は東アジアの世紀」といわれ。世界史システムの重点がアメリカから東アジアに移ろうとしています。もともと東アジアで先頭を切ったのは日本でした。しかし今後も続くとは限りません。日本は東洋のポルトガルになるのか。私は以前から気になっていた。
東日本大震災にからんでメディアで語られるのが、18世紀半ばにポルトガルの首都リスボンを襲った大地震と津波です。人口の約3分の1が亡くなったと言います。これがポルトガル没落の直接の契機だと見るのは正しくありません。重要なのは、震災前から地位が低下したところを襲われたことです。大災害は、すでに起きていた流れ、特に後退ぎみの傾向を早めてしまうことを、ポルトガルは教えています。
日本の場合も「中国に追い越されてしまった」「東アジアの盟主の地位が危ない」と思っていたところに大災害がきた。今後、ポルトガルと同じような経緯をたどるかどうかわかりませんが、心理的なダメージを受け、国力やステータスがずるずると落ちてしまわないとも限りません。
(中略)
18世紀当時、近代世界のシステムの真ん中にあったロンドンは、政治・経済・文化すべてが一極に集中していました。一方当時の世界システムの外にあった日本では、政治=江戸、経済=大阪、文化=京と中心が三つの都に分かれていて、安定した、いいかたちだったと私は見ています。開国後、世界システムに巻き込まれるなかで、日本も一極集中が進んでいったわけです。
たしかに日本は、かつてのポルトガルのようになるかもしれません。あるいは、スペイン、オランダのように。世界のトップ、アジアのトップにではなくなるかもしれません。
ただし、それが不幸かというと、話しは別です。いくら落ちるとはいっても江戸時代のレベルまで戻るわけではありません。低開発国になるわけでもありません。現在のポルトガルをみてください。むしろ安定し、人々は幸せな人生を送っているのではないでしょうか。
もっとも、それを「安定」と受け取るには、我々の価値観、メンタルな部分が変わる必要があります。以前と同じ、「ずっとトップを走らないと不安」ということでは、「震災後」をうまくやっていくことはできないでしょう」
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朝日新聞4月7日オピニオン川北 稔(大阪大学名誉教授:イギリス近代史)


この記事をみて、同じことをおもっていたので、紹介のあった「私と西洋史研究〜歴史家の役割」を読んでみた。
「日本の西洋史家は、イギリスの産業革命を誰も書いていなかった」という下りを読んで、唖然とした。中学の教科書の定番は、資本主義のなりたちとして最初に書かれるのが「イギリスの産業革命」だからである。それで処女作:「工業化の歴史的前提ー 帝国とジェントルマン」(岩波書店)を書いたとある。
しかし、救われたのは、イギリスの教科には「世界史」はなく、あまり日本も含めて東洋のことは知らないとあったことだ。やはり、これから生きるには、やはり世界史的な発想が不可欠です。
この本は、大変読み易く、日本における西洋史研究を含む歴史研究やマルクス主義経済学の凋落の様子がとてもよくわかる本だと思った。
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近代世界をひとつのシステムとして見る考え方があります。アメリカの社会学者ウォーラースティンが「世界システム」と名付けました。
これによると世界システムは、 16世紀の西ヨーロッパを中心に生まれました。その後は、大西洋をわたってアメリカに重心が移っていくのですが、全盛期の西ヨーロッパ諸国の中でも消長と興亡がありました。先頭を切ったのはポルトガルとスペインでしたが、やがてオランダとイギリスに抜かれてしまいました。
いま「21世紀は東アジアの世紀」といわれ。世界史システムの重点がアメリカから東アジアに移ろうとしています。もともと東アジアで先頭を切ったのは日本でした。しかし今後も続くとは限りません。日本は東洋のポルトガルになるのか。私は以前から気になっていた。
東日本大震災にからんでメディアで語られるのが、18世紀半ばにポルトガルの首都リスボンを襲った大地震と津波です。人口の約3分の1が亡くなったと言います。これがポルトガル没落の直接の契機だと見るのは正しくありません。重要なのは、震災前から地位が低下したところを襲われたことです。大災害は、すでに起きていた流れ、特に後退ぎみの傾向を早めてしまうことを、ポルトガルは教えています。
日本の場合も「中国に追い越されてしまった」「東アジアの盟主の地位が危ない」と思っていたところに大災害がきた。今後、ポルトガルと同じような経緯をたどるかどうかわかりませんが、心理的なダメージを受け、国力やステータスがずるずると落ちてしまわないとも限りません。
(中略)
18世紀当時、近代世界のシステムの真ん中にあったロンドンは、政治・経済・文化すべてが一極に集中していました。一方当時の世界システムの外にあった日本では、政治=江戸、経済=大阪、文化=京と中心が三つの都に分かれていて、安定した、いいかたちだったと私は見ています。開国後、世界システムに巻き込まれるなかで、日本も一極集中が進んでいったわけです。
たしかに日本は、かつてのポルトガルのようになるかもしれません。あるいは、スペイン、オランダのように。世界のトップ、アジアのトップにではなくなるかもしれません。
ただし、それが不幸かというと、話しは別です。いくら落ちるとはいっても江戸時代のレベルまで戻るわけではありません。低開発国になるわけでもありません。現在のポルトガルをみてください。むしろ安定し、人々は幸せな人生を送っているのではないでしょうか。
もっとも、それを「安定」と受け取るには、我々の価値観、メンタルな部分が変わる必要があります。以前と同じ、「ずっとトップを走らないと不安」ということでは、「震災後」をうまくやっていくことはできないでしょう」
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by inmylife-after60
| 2011-04-21 16:34
| 歴史認識・歴史学習
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