2011年 05月 06日
浜岡原発の原子炉の運転停止を要請! |


政府が中部電力浜岡原発の原子炉の運転停止を要請!
○発電所名:浜岡原子力発電所
○原子炉型式:沸騰水型
○敷地:約160万平方メートル
○電気出力合計:361.7万kW(3~5号機合計)
○運転状況:1号機及び2号機は、運転終了。3号機は定期点検中、4号機及び5号機は運転中。
菅直人首相は6日夜、首相官邸で記者会見し、静岡県御前崎市にある中部電力の浜岡原子力発電所について、安全対策として中電が検討している新たな防波壁が完成するまで、定期検査中の3号機のほか、現在稼働中の4、5号機も含めてすべての原子炉の稼働停止を要請した、と表明した。海江田万里経済産業相を通じて中電に伝えた。
首相は会見で「浜岡原発が所在する地域を震源とすると想定される東海地震が発生する可能性が関係機関から示されている。国民の安全・安心を考えた結果の決断だ」と述べた。浜岡原発停止に伴う電力供給力の低下については「電力需給バランスに大きな影響が起きないよう、政府として最大限の対策を講じる」と語った。(朝日新聞電子版より転載)
----------------------------------------------------------------------------------------------------------
浜岡原発2号は東海地震に耐えられない 設計者が語る
2005.7.13谷口雅春http://www.mynewsjapan.com/より転載
実際に原子炉設計に携わり、「データを偽造して地震に耐えうることにする」との会議に立ち会ったことから、技術者の良心で辞表を出した経緯を公表し、警鐘を鳴らした設計者。しかし電力会社を広告主にもつ大手マスコミはこの事実を取り上げず、行政に知らせても音沙汰なし。東海地震が起きれば関東・関西一円に放射能汚染が広まる危険性は高く、早急な対策が必要だ。「このままでは大変なことになる」という設計者の決意の証言を報じる。(取材・代筆、佐々木敬一)
私は1969年に東京大学工学部舶用機械科の修士課程を修了後、東芝子会社の「日本原子力事業」に入社し、1972年当時は、申請直前だった中部電力の浜岡原子力発電所2号機(静岡県御前崎市)の設計に携わっていました。東芝が浜岡原発の受注先の一つで、私は東芝に出向中でした。
浜岡2号機の設計者は数十人で、1「炉心構造物設計」、2「制御棒設計」、3「汽水分離機・蒸気乾燥器設計」の3つのチームに分かれていました。私は1に所属し、核燃料を支える炉心支持構造物といわれる箇所を担当していました。原子炉の中心的な部分です。
必要なデータを私が集計し、それをもとに、計算担当者が耐震計算を行っていました。
浜岡2号機の設計者は数十人で、1「炉心構造物設計」、2「制御棒設計」、3「汽水分離機・蒸気乾燥器設計」の3つのチームに分かれていました。私は1に所属し、核燃料を支える炉心支持構造物といわれる箇所を担当していました。原子炉の中心的な部分です。
必要なデータを私が集計し、それをもとに、計算担当者が耐震計算を行っていました。
◇「この数値では地震がくると、もたない」
ところが1972年5月頃、驚くべき事態が起こりました。部門ごとの設計者の代表が集まった会議で、計算担当者が「いろいろと計算したが無理だった。この数値では地震がくると浜岡原発はもたない」と発言したのです。
原因は、第一に、浜岡原発建設地の岩盤が弱いこと、第二に、核燃料集合体の固有振動数が想定地震の周波数に近いため、とのことでした。
第一の「岩盤が軟弱」という点では、浜岡原発の建設地は、150年前に発生した安政の大地震など200年周期でM8クラスの地震が起きており、岩盤が断層、亀裂だらけで、地震に非常に弱い地盤です。しかも、今後起こるといわれる東海大地震の震源域は駿河湾といわれており、その駿河湾の震源地が、ちょうど浜岡原発の真下に位置しているのです。
第二の「固有振動数」については、地震が起きた際には、周波数があります。その周波数と、核燃料集合体の固有振動数が近い場合は、地面と燃料集合体が共振し、何倍も大きく振れることになります。耐震計算の結果、浜岡原発の核燃料搭載部分はその共振が著しく、地震が起きたらもたない、との結果が出たのです。
◇3つの偽造
会議では、さらに驚くべきことに、計算担当者が「データを偽造し、地震に耐えうるようにする」と述べました。偽造は三点でした。
第一に、岩盤の強度を測定し直したら、浜岡原発以前に東電が建設した福島原発なみに、岩盤は強かった、ということにする。
第二に、核燃料の固有振動数を実験値ではなく、技術提供先である米ゼネラル・エレクトニック社(GE)の推奨値を使用することで、地震の周波数は近くないことにする。
第三に、原発の建築材料の粘性を、実際より大きいこととし、これにより地震の振動を減退していることとする。
私は、それを聞いて「やばいな」と思い、しばらく悩んだ末に上司に会社を辞める旨を伝えました。自分の席に戻ったところ、耐震計算結果が入った三冊のバインダーが無くなっていました。そのため、証拠となるものは何も持っておりません。
それから1ヵ月位慰留を受けた後、私は技術者の良心に従い、警告の意味を込めて、退社しました。
by inmylife-after60
| 2011-05-06 19:57
| 震災・原発・廃炉
|
Trackback
|
Comments(0)

