2012年 07月 16日
7.15「ノーモア・ヒバクシャ」設立記念集会 |
7月15日、有楽町朝日ホールで開催された「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」設立記念集会に参加した。
パネリストは、左から木戸季市さん(被団協)、斉藤紀さん(福島わたり病院)香山リカ(精神科医)
尚、会場では、首都大学東京で収集されたデジタルアーカイブの紹介がありました。
URLはhttp://hiroshima.mapping.jp/.またhiroshima archive,nagasaki archiveでも検索できます。
岩佐幹三代表より提起された「わたしたちのめざすもの」は以下の通り。
「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」のめざすところ(要旨)
この会は、被曝者の「ふたたびヒバクシャをつくるな、つくらせるな」という願いを世界の人々に共有する記憶遺産にするという新しい活動を始めました。
「ふたたびヒバクシャになる可能性」のある人とは誰でしょう?みなさんこそヒバクシャになるかもしれない存在であること、そして「ふたたびヒバクシャをつくるな」とは皆さんが自分の問題として直面しなければならない歴史的な課題であることに思いをめぐらしてください。
私たち日本国民は、昨年3月11日、ヒロシマ、ナガサキ、ビキニについで、フクシマでも新たな核被害を体験しただけでなく、世界に対する核の加害者になってしまったのです。原爆被爆後アメリカ占領軍に同調して被害の実態を隠し、被曝者を放置し続けた日本政府は、福島原発事故の原因究明や事故処理対策をし終えぬまま、多くの国民の反対を押し切って、無責任にも福井大飯原発の再稼働に踏み切りました。
こうした核時代がかかえている危機的な状況の中で、私たちはどのように生きていけばいいのでしょう。核被害の脅威から人類を解放する役割の一端をこの会は果たしたいと願っています。
そのためには、何をなすべきでしょうか。大きく言って3つの推進課題があげられると思います。
一つは、被曝被害の全体像や被曝者の体験、とりわけたった一つの被曝者運動を未来に伝える記録や資料・情報を収集・整理し、その活用・普及を図ることです。
そのためには、①どこにどんな資料があるのかの情報を発信すること②収集保存を行う方々のネットワークをつくること③被曝者たちのたたかい(運動)の記録・資料の収集、整理、保存を急ぐこと④いまなお原爆被害とたたかう被曝者が語れないまま残していること、訴えたいことを集約することなどです。
二つは、この会のもっとも大切にしたいところである原爆体験と被曝者の願いを継承していくことです。「ノーモアヒバクシャ」を自らの課題とする担い手が広がり育たなければ、ただの宝の持ち腐れに過ぎません。「今日の聴き手は明日の語り手」と言われる通り、「人と人のつながり」をなりよりも大切にしなければなりません。
三つは、上記の1の課題を2のように実際に受け継ぎ、広めていくキー・ステーションの役割を果たしていくことです。そのための設備や継承する人々の集い、切磋琢磨する場が不可欠です。「平和資料センター」構想の目的は、施設を作ることではなく、上記2つの課題を果たしていくキー・ステーションとしての役割と活動全体を推進するセンターをつくることです。
最後に以上の課題は、本来なら、被爆国である日本の政府が率先して果たすべきものです。しかし、わが国はこれまで本格的な原爆被害調査も行わず、「原爆被害白書」をつくろうともしてきませんでした。私たちの会は、以上の課題を推進しながらも、国に対して、被爆国としての原爆被害の究明と普及の責任を果たすよう求めていきます。
会の目指すところを実現していくには、多くの人と資金が必要です。賛同してくださる皆さんがらの物心両面にわたるご協力を切に願っています。
パネリストは、左から木戸季市さん(被団協)、斉藤紀さん(福島わたり病院)香山リカ(精神科医)
尚、会場では、首都大学東京で収集されたデジタルアーカイブの紹介がありました。
URLはhttp://hiroshima.mapping.jp/.またhiroshima archive,nagasaki archiveでも検索できます。
岩佐幹三代表より提起された「わたしたちのめざすもの」は以下の通り。
「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」のめざすところ(要旨)
この会は、被曝者の「ふたたびヒバクシャをつくるな、つくらせるな」という願いを世界の人々に共有する記憶遺産にするという新しい活動を始めました。
「ふたたびヒバクシャになる可能性」のある人とは誰でしょう?みなさんこそヒバクシャになるかもしれない存在であること、そして「ふたたびヒバクシャをつくるな」とは皆さんが自分の問題として直面しなければならない歴史的な課題であることに思いをめぐらしてください。
私たち日本国民は、昨年3月11日、ヒロシマ、ナガサキ、ビキニについで、フクシマでも新たな核被害を体験しただけでなく、世界に対する核の加害者になってしまったのです。原爆被爆後アメリカ占領軍に同調して被害の実態を隠し、被曝者を放置し続けた日本政府は、福島原発事故の原因究明や事故処理対策をし終えぬまま、多くの国民の反対を押し切って、無責任にも福井大飯原発の再稼働に踏み切りました。
こうした核時代がかかえている危機的な状況の中で、私たちはどのように生きていけばいいのでしょう。核被害の脅威から人類を解放する役割の一端をこの会は果たしたいと願っています。
そのためには、何をなすべきでしょうか。大きく言って3つの推進課題があげられると思います。
一つは、被曝被害の全体像や被曝者の体験、とりわけたった一つの被曝者運動を未来に伝える記録や資料・情報を収集・整理し、その活用・普及を図ることです。
そのためには、①どこにどんな資料があるのかの情報を発信すること②収集保存を行う方々のネットワークをつくること③被曝者たちのたたかい(運動)の記録・資料の収集、整理、保存を急ぐこと④いまなお原爆被害とたたかう被曝者が語れないまま残していること、訴えたいことを集約することなどです。
二つは、この会のもっとも大切にしたいところである原爆体験と被曝者の願いを継承していくことです。「ノーモアヒバクシャ」を自らの課題とする担い手が広がり育たなければ、ただの宝の持ち腐れに過ぎません。「今日の聴き手は明日の語り手」と言われる通り、「人と人のつながり」をなりよりも大切にしなければなりません。
三つは、上記の1の課題を2のように実際に受け継ぎ、広めていくキー・ステーションの役割を果たしていくことです。そのための設備や継承する人々の集い、切磋琢磨する場が不可欠です。「平和資料センター」構想の目的は、施設を作ることではなく、上記2つの課題を果たしていくキー・ステーションとしての役割と活動全体を推進するセンターをつくることです。
最後に以上の課題は、本来なら、被爆国である日本の政府が率先して果たすべきものです。しかし、わが国はこれまで本格的な原爆被害調査も行わず、「原爆被害白書」をつくろうともしてきませんでした。私たちの会は、以上の課題を推進しながらも、国に対して、被爆国としての原爆被害の究明と普及の責任を果たすよう求めていきます。
会の目指すところを実現していくには、多くの人と資金が必要です。賛同してくださる皆さんがらの物心両面にわたるご協力を切に願っています。
by inmylife-after60
| 2012-07-16 16:37
| 震災・原発・廃炉
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