2015年 08月 31日
中国短期語学留学日記(3-2) |
中国短期語学留学日記(3-2)


第8目:7月20日(月)
今日からまた通常の授業が始まる。朝ジョギングしたが、2キロ走ってやめた。お腹の調子がよくない。様子を見ることにして、宿舎に引きあげた。その後は問題なく過ごせているので、問題ないと思う。今日中級クラスに新しい入学生がきた。50歳は超えた男女2名だった。何回か中国で勉強してきた人らしく、途中のテキストでも、応対できており、私のレベルを超えた方だった。今後しっかり予習をしていかないと付いていけないことになると判断し、今週から予習をすることに決めた。同じクラスに入った方から、昨年家庭教師をして頂いた方にまたお願いすると聞いたので、私も是非お願いしたいと申し出て、毎週水曜日午後4時から1時間50元でお願いすることにした。主に発音と作文を点検してもらうためである。授業後の昼食のあと、明日の授業の発表テーマ「理想の家」で発表する原稿と中文づくりを行った。作成後近くの印刷屋でUSBに格納した中文をプリントアウト(1枚2毛:4円)し、学友分10枚をコピー(1枚1毛:2円)して明日持参することにした。
第9目:7月21日(火)
5時45分起床。ランニング5キロのあと、朝市でペーパータオル2巻(5元)とトマト二個(1.4元)を買う。通りで持ち帰り用の朝食をビデオで撮ろうとしたら駄目だと言われた。何か企業秘密があるのかもしれないと思った。理想の家の発表は、なめらかな発音はできなかったが、特別の注意は、受けなかったが、文章構成で一カ所修正、字句の訂正を2カ所受けただけだった。まあまあ及第点だったのだと思う。授業後に同学生と一緒にスーパーモールの4階にあるフードコートで昼食した。私は、テキストにでてきた「水煮魚」という大きなスープを食べた。面が入っていれば、醤油味の海鮮麺のようである。すこし辛いが、脂っ気のない淡泊な味だった。値段は13元。部屋に戻り、週末の長春の旅行計画を立てた。まず大連北駅を使わず、地下鉄でいける在来駅の大連駅を選択し、長春駅も在来線駅を使う高鉄にし、長春駅に近いビジネスホテルにすることにした。吉林への一日の日帰り旅行とすることを想定して、手配を行った。ホテルは、長春も駅から15分位の処を2泊6700円で予約できました。高鉄も授業を終了してからの列車、帰りは少し遅いが、長春—大連駅着の切符を買うことがきできた。 二日前に外れてしまった眼鏡のレンズを嵌め直してほしいと思い、スーパーモールで出かけた。眼鏡屋を探して直せないかとお願いしたら、すこし待ってほしいといって、すぐに直しはじめ、トイレに行って買って来たら、出来ていた。幾らかと聞いたら、不要という。そうだとうと思ったが、とても嬉しかった。 それですこし気を良くして、以前にマーラン広場駅近くに高鉄の切符を買える場所があると聞きていたので、訪ねてみた。すると対面のお店のおばさんができてきて、地図を書いてくれて、ここにいけと話してくれた。すこし日本語が分かるようだ。716路バス停にあるという。この意味がよく分からなかったが、言ってみることにした。 やはり分からない。大きな黄河路を一往復して、また反対側に渡り、716のバス停の漸く「車票」と看板がみえた。つまり高鉄の切符売場は、716番線バス停の側にあるということのようだ。 この売り場では、運賃以外に一枚毎に5元の手数料が掛かると言う。大連駅では、ハルピン往復切符を買ったが、その時は、5元しか掛からなかったといったが、駄目だった。長野に三年ほど出張で滞在したことがあるという日本語を分かる職員が言うのだから、大連駅と市中の切符売り場では、違うのかもしれないと思った。 明日午後4時からの個人指導の郭先生にどんな勉強をしたいかを中文で書いて就寝した。
第10目:7月22日(水)
早朝ランニング後、朝市に出かけた。トマトと昨日ビデオ撮影を断られた食べ物(2元)を買って来た。先生に聞いたら「豆腐脳er 」というらしい。これはとてもおいしかった。 授業の終了後、「小小小」という中華店で皆と昼食した。明日5時半に集まり、近くの料理店で会食することが決まった。 帰寮後に、郭先生の個人指導を迎える入れる準備をする。目的は以下の通り。○発音の修正(指定されたピンインが正しく発音されているかどうか○作文の修正(中国語の正常な語順原則に適合しているかどうか)○中国東北部(満州)の情報(特に抗日戦争に関する史跡情報)いつものコピー店でプリントアウトして、喉が痛い時に飲む薬(28元)を薬局で買い、スーパーモールで喉飴 (7元)などを買い、部屋を掃除して、先生をまった。 4時丁度に寮の部屋に来てくれた。簡単に挨拶したあとに私の中国語歴と個人指導の依頼項目を説明した。レッスンはすべてを中国語で行われることを確認し、さっそく日本から持参した「中国語発音徹底攻略ドリル」を使い、中国語音節表の左上から順次発音し、先生からの点検と修正を受けた。 そこで分かったことは、[i]と[ong][u]の発音が不正確であるだった。それ以外は、「好!」とのことだった。大連駅に行くときに「大連駅」を「dalianzhan」と言って分かってもらえなかったことを話すと、それは「大連火車駅〜dalianhuoche」と言わないと地元の人には分からないと言われた。私もそうかもしれないと思っていたので、すこし安心した。 月曜日の4時からもって頂くことにした。周2 回(月と水)にした。終了後、朝市のある場所になにか夜市場があるのかもしれないと思い、言ってみた。朝市の場所にきれいに普通の道になっており、黄河路につながる通りの両脇が、商店街になっていた。そこで、青い卵とトマトと靴下を買った。青い卵は、生だと思ったが、ゆで卵だった。これから明日の予習をして就寝する。
第11目:7月23日(木)
昨夜、予習をしていたら、八木君(姫路からきた大学生)から一緒に長春にいきたいといってきた。昨日、一晩考えたいというので、長春に関する案内書を渡しておいた。さっそく部屋をどうするかを話したが、私はすでにツインの部屋をとってあるので、もし一緒の部屋でよければ、費用はいらないといっておいた。しかし、自分の部屋を予約したいという。しかし彼は地球の歩き方で予約する予定らしいが、そんなことをやっていたら、週末にはいけないだろうとおもったので、「Agoda」で予約した方がよいとアドバイスした。しかしネットで予約したことがないこと、また決済口座が父親のものなので、極力使いたくないという。それで私が「Agoda」で予約することになった。同じ宿泊先を予約する私の予約した時点の価格より安い6500 円で予約できた。翌日彼は高鉄の同じ時刻の往復切符を大連駅に買いにいくことになった。そんなこんなで就寝は、12時を過ぎてしまった。早朝ジョギングの後、朝市で、Tシャツ(13元)と昨日食べたかった卵ご飯用の生卵かどうかを確認してから買った。1元だった。早速帰宿してから食べてみた。問題はなかった。さすがに授業の後半に眠くなった。しかも先生の都合で当初のテキストによる学習ではなく、文化課という授業に変更となった。内容は春節という中国の伝統行事に関するものだった。それはなかなか面白かったが、睡魔との闘いだった。昼食後すぎに部屋にもどり、昼寝した。三時過ぎに八木君が高鉄の切符を買いにいた大連駅からもどってきたらしく、ドアを叩く音で目が覚めた。私と同じ列車を手配できて喜んでいた。5時半に寮前に日本人6名があつまり、大連交通大学の前の「黄河路」と「西南路」との交差点にある「翠峰苑」という火鍋専門店にいった。日本でいえば、しゃぶしゃぶ的食べ方であり、鍋のスープは甘と辛に分離させて、肉と野菜を鍋で煮て食べた。「酸梅汁」を初めて飲んだが、とても滑らかな味でおいしかった。満腹まで食べて一人40元はとても安いと思う。明日の予習と長春行きの準備をして就寝する。
第12目:7月24日(金)
早朝ランニングの後、朝市でトマトと生卵1個(0.5元)を買う。トマトは、一山単位で売るところがあり、9個で1元だった。一人では食べられないので、教室にもっていって皆で食べることにした。 授業終了後、昼食とシーツ交換を済ませてから、大連駅直通の101番線(トロリーバス)に乗って30分ほどでついた大連駅から高鉄で長春にむかった。14:43発吉林行きの改札口は、連休土日を前にして人で溢れていた。八木君と2番改札の隣の改札口側の床に座り、ビールを飲んで、改札時刻を待つ。最後尾で改札したので自分の車両に着く前に発車しそうな煽る言葉を聞いて、指定の4号車より手前の車両に飛び乗った。車内で明日の見学先を自分の頭に入れるためにノートに地図を書き、見学先をプロットする作業に終始した。 長春駅北口18:20着。南口にある軽鉄軌動電車へ向かう。駅前で切符(2元)を買って西安橋からホテルまで歩いた。途中老人に道を聞き、なんとか一発でたどり着いた。ここも押金(保証金)を請求された。一人100元だという。ハルピンの500元は法外だが、100元であれば、めんどうくさいので、払うことした。WIFIアクセスIDとパスワードを聞いた。 八木君と夕食の場所をかねて、長春駅をめざして北上。途中勝利公園に遭遇。勝利公園は8時を過ぎていたが、北国の春やアリランの歌が流れ、ダンスなどを楽しむ沢山の市民が集まっていた。ここには観覧車があり、30元との案内があった。八木君がマグドナルドを食べたいというので付き合った。八木君は、中華も食べるが、マックとケンタッキーを食べると落ち着くという。かれはそういう世代なのだということが実感できた。八木君が、交通ICカードを買いたいので、どこで買えるかを様々な場所で聞いたが、要領をえない。最後にバスの運転手にきいた場所に初乗り運賃 5元のタクシーでいくことにした。しかし駅から随分離れてホテルの方向に向かうので、そんな遠いところに交通ICカードを販売するようなところがあるはずがないと思いきや、南蛮寺の前でここだという。完全にだまされたようだ。9元を払い、もう諦めて、ホテルに戻ることにした。長春のタクシーは強かである。明日の訪問場所の発音を点検してから就寝する。
第13目:7月25日(土)
5時15分起床。身支度を調えて、6時に出発。ホテルに近い関東軍司令部跡地(現共産党吉林省委員会)へ向かう。自家製の地図は、人民大街の東であったが、西側にあった。正面から写真をとろうとしたら、駄目!駄目!と騒いだが、無視して2枚だけ撮った。なにも問題がないはずだ。省委員会の前のバス停で、待っている人に「地質宮」(満州国宮廷)にいくバスはないかと尋ねたが、わからないというので、タクシーでいくことにした。(7元) 文化広場を見下ろす地質宮は時間が早く開館していない。文化広場を南下して、まず国務院を手始めに、軍事部、司法部、経済部、交通部、最高検を回る。7時半頃に軍事部前に屋台に焼き芋(4元))を朝食代わりに食べた。最高検は、丁度新民広場の前にあり、そこは、三角形型の南湖公園の北側の頂点にあたる。3号門から南湖公園に入る。入ると国共内戦から長春が解放された(1948 年10 月 19日)記念塔が聳えたつていた。 ここから、長影旧跡博物館に向かう。延安大路からタクシーを拾うとしら、運転手は分からないといったが、乗客が、この道の反対側にあると教えてくれた。西に向けて歩くことにしたが、随分歩いたところで不安にあり、車で停車していた人に聞いたら、スマホで現在位置の分かる地図を開き、こういけと教えてくれた。方向感覚は合っていたようだ。丁度開館時間9時を回ったところで到着した。パスポートを見せたら、120元の入場料が老人適用で60元になった。 元満鉄支配下の満映を戦勝後(9月9日)中国共産党が接収してできた長春撮影所の戦後の主な出来事を刻まれたエントランス歩道を歩くと、白い大きな彫像が建っていた。若い頃の毛沢東だった。 館内は、1938年満映開設の頃から、2008年頃までの制作映画と機材などが展示されていた。満映時代の日本軍の宣伝映画もあった。チャンイーモウしかしらない私にとっては、ここに展示される映画の価値を推し量ることはできないが、展示の仕方と演出効果について、なかなかのものだと思った。展示館から退出して記念品販売書でなぜチャンイーモウがなぜ展示されていないかと聞いたら、たしかにないが、それは彼よりも多いファンをもつ方がいるというような話だったが、その名前が思い出せない。全く聞いたことがない人だったことは間違いない。 長影旧跡博物館を10時過ぎに退館し、次の目的地、偽満州国皇宮博物館に向かう。近くのバス停で長春駅を向かうバス路線をきたら、80路だった。10時25分に乗車、長春駅に11時15分に到着。直線でいけば、30 分もかからないはずだが、約 50分程かかった。長春駅前の東側にあるヤマトホテル(元春誼賓館)の前を通りすぎたところの小面と書かれた処で昼食をとった。14元の担々麺はそんなに辛くはなかった。 長春駅を今度は西側に移動する。軽軌道電車 (軽軌)のある長春北駅へ向かうためである。現在長春駅南口は大規模な改修工事が行われており、地下街が閉鎖され、駅北口にいく南北横断地下道は、駅西側にしかない。軽軌は市電と地下鉄の中間的な電車のようだ。4両連結である。2元を出して、二つ目の偽皇宮駅に向かう。偽皇宮は地下駅から地上にでた対面にあった。しかし、入場券売り場までは随分歩かされた。またパスポートを見せて、老人料金の40元で入館。まず競馬場を見学し、内宮庁などの遺構をみて、偽満皇宮東北埋没史蹟陳列館を見学した。東北地方の日清戦争以降の日本の支配と抗日の闘い、文化・宗教弾圧、化学細菌戦、101及び731部隊、虐殺事件などをジオラマと音声効果で再現していた。南京事件などの展示もあった。ここは、全国愛国主義教育モデル基地として2006年に建設された。 帰りに出口まで続く記念品及び中国関連品のお土産屋のなかで書店を見つけ、新京地図(40元)旧満州行政機関(170元)を買い、軽軌4号線で長春北駅を経由して、5時半タクシーでホテルにもどった。 交通カードを集める八木君とタクシーで長春駅に明日の吉林行きの切符を買う。帰りにマックが食べたいという八木君についきあった。交通カードを求めて3000里を歩き回った八木君の執念をほめてあげた。タクシーでホテルに戻る。
第14目:7月26日(日)
朝7時45 分ホテル出発。チェックアウト際に部屋の点検が指示され問題がなければ、押金を返す仕組みらしい。無事100元を取り戻すことができた。タクシーで長春駅へ向かい、構内の預かり所に荷物を預けて(15元)、書店で「抗日戦争史詳細」(50元)を買う。この本は1926年張作霖爆破からの記述であった。9時50分吉林駅着、50分位で到着。吉林に落ちた隕石の展示館を併設した吉林市博物観へいく。長春の長撮にあった白亜の毛沢東像に再び遭遇した。 市博物館は、ハルピンのような博物館では殆ど見学者がいない。隕石陳列館の入り口がどこだかよくわからない。やっと見つけて、チケットを買ったが、地元の発行の案内書には10元とあったが、80元という。パスポートを見せて、40元(学生証があれば30元となった。まずプラネタユウムで隕石の再現場面を10分ほどみてから、展示館の説明をうけた。) その後、吉林の繁華街で昼食をして、市内を横断する河畔を見てから、タクシーで吉林駅へ。駅地下の商店街で買い物をして、吉林駅内の吉野屋で牛丼を食べて、長春へ向かう高鉄に乗車する。長春で荷物を受け取り、大連に向かう。 9時45 分大連着。101トロリーで10時25分帰寮。新しいシーツでベッドメイク。洗濯物を集めて、パントリーで洗濯機を回し、乾麺のラーメンをつくり、八木君とビールを飲んで、長春—吉林旅行の総括会をやった。彼はこの旅行がかなり勉強と自信になったようで、とてもよかったと振り返ってくれた。1時15分就寝。長春—吉林概算費用:合計:33700円高鉄:716元(14300円)宿泊:7400円本代:285元(5700円)現地:315元(6300円)
第15目:7月27日(月)
5時45分起床。4キロジョグのあと、朝市へ。米飯がないので、パンとトマトを買う。シャワー室前の床に引くフットタオル(5元)を買う。授業終了後、小小小で昼食。4階パントリーで友人から頂いたという家鴨卵7個をゆでながら、日記を書いた。 4時から家庭教師の授業を受け、発音の問題が①aとeの峻別②U とウムラウトUとの峻別③鼻母音(Uan及びUen))の正確な発音にあることが明確になった。また四声では二声と三声の区別がついていないことがわかった。注意して発音を心がけるしかない。 今週末の計画を作る準備を開始する。遼寧省の全域を視野に検討したい。どこまで可能かがよく見えない。
第16目:7月28日(火)
昨夜就寝前にシャワーを浴びるために、短パンを脱ごうとしてポケットにあったデジカメを誤って洗面台に水の溜まった鍋に落としてしまった。慌てて取り上げたが、後の祭りだった。デジカメは、やはり機能不全で動かなかった。次にSDカードを取り出し、データ転送アダプターを使いパソコンに転送したが、このデスクは読み込めないとのメッセージがでた。これは最悪の事態となった。本体はどうでもよいが、哈爾浜以降のとりわけ長春の写真データがなくなってしまったらと思うと絶望的な気持ちになった。 まずはSDカードをしつかり乾かすしかない。なにかの時に役立つと思いもってきたライターを使い、乾かすことに専念した。しかし、12時を過ぎてもSDカードは読み取れない媒体でしかなかった。もう諦めるしかないと言い聞かせた。明日最後試し駄目であれば、自業自得として諦めるしかない。 翌朝は、早朝ジョグを放棄して、デジカメデータの再現を優先する。再度SDカードをパソコンに接続した。するとなんとデータを読み取り、すべてのデータを再現することができたのだ。胸をなで下ろして、データを格納し、事なきを得ることができた。 デジカメ本体をどうするかを決めなければならない。オリンパスももってきているが、一眼エフでとる被写体でもない。暗い展示館の撮影には、デジカメの方が都合がよい。やはり買うしかない。授業と昼食を終えて、市内中心街:西安路にいくことにした。尋ねた三店目の店で、同じ機種のデジカメを見つけることができた。しかし在庫はなく、現品でもいいかというので、問題ないと言った。新品は1399元だが、現品は、1049元だという。では1000元にしてほしいとのお願いが成立し、SDカードを89元で買った。とりあえず1089元で撮影環境を維持することができた。身から出た錆であり、致し方ない出費である。 八木君と夕食に地下鉄で中山広場まで行き、日航ホテルの側の「隠れ屋」という店で食べた。刺身など日本食を楽しんだ。二人で268元だった。この店で「大連WhenEver」という日本人向けのアミューズメント宣伝誌7月号をもらった。大連市内の日本人にはとても有益な地図などの情報もあり、とても有益な情報誌である。
第17目:7月29日(水)
今日は、ジョギングをパス。7時に起床。朝食のあと、授業の予習を30分ほどやった。単語発音の確認、練習問題の理解など簡単なものだ。授業終了後、昼食のあと、旅順と大連市内観光の情報を得るために、西安路に出かけた。書店を探したが、漸く「大連図書城」という大きなショッピングモールがあることが分かり、行ってみた。このモールはバスの一駅間隔を超える長さをもつ。その4分の一位の広いスペースに各種書店が出店して専門店街になっていた。そこで「2015年版中国自助遊」を買ったが、20%引きであった。 4時からの個人レッスンで、大連交通大学の脇にある「黒石礁考試書店」という店を紹介して頂いた。終了後早速行ってみた。大学生協の書店に似ていて、遼寧師範大学向けの専門書と語学関係の本が陳列されていた。HSK1〜3級向字典600語を買った。15 %引きだった。今日はテイクアウトして、部屋で食事した。7時半過ぎに八木君もテイクアウトした食事をもってやってきた。8時半頃まで雑談して分かれた。
第18目:7月30日(木)
5時45分起床。外をみたら、夜半に雨が降っていたようだ。昨日ベランダに洗濯して干していた洗濯物が被害にあった。やはり夜は室内に移してから就寝した方がよいことがわかった。今日は午後から晴れるとのことでなんとか事なきをえたかもしれない。 早朝ランニングはさすがに少なかった。朝市も雨のため、出店は半数位に減っていた。衣料品と雑貨品の店はなく、食品とテイクアウトが殆どだった。しかしいつもトマトを買う店がきていなかったので、別の店でかった。二個を選んで幾らかと聞いたら、2元だという。高いと言ったら小さなトマトを入れてくれた。もうこの人からは買わないことにした。ここでは2個は1元、少し大きなものも1.5元だった。 授業終了後、同学の友人(2名)が旅順にある大連外国語大学にいるとのことで、「大外」のキャンパス環境の見学を兼ねて訪問して、教室、食堂、寮を見学した。その後、近くの海鮮料理屋で夕食をともにした。二人は、70歳を超えた方で、65歳を過ぎて中国語を学び、この夏休暇のときに研修にきているとのこと。10年連続修学すると授業料が無料になるとのことだった。 大連に帰るために、学苑駅からバスで帰る予定であったが、なにか白タクで一人25元を払って帰るという。しかし7名で2台に分乗するとのことだったが、先約がすでに2名おり、1台に5人になるというので、私はバスで帰るというと、八木君もバスにするというので、二人でバスに帰ることにした。バスは程なくして来て乗れるとのこと、後部座席に座る。するとまもなく八木君の窓側に座って電話していた女性が泣き始め、さらに号泣しながら、何かを訴える大きな声になっていた。八木君にどうしたのかと聞いてみたらと言ったら、自分はできないというので席を替わって、その機会をうかがった。10分位経って落ち着いたころに銭包という言葉が何度かできてきたので「財布をなくしたのか」と聞いたのが違うという。彼女は途中停車の駅で降りた。日本ではあまり遭遇できないハプニングを体験したが、あの号泣の原因は何だったのかをテープにとっておいたので後で個人レッスンの先生に聴いてみたい。 8時過ぎに大連北駅に到着。すると駅前広場で大きなプロジェクターを前にしてカラオケをやっていた。一人4元。となりに見ていた人達の一人とすこし話した。48歳、建築関係の仕事をしている。ビールを飲めといったら、最初断っていたが、強く進めると仕方がないという顔で飲んでくれた。普段酒は何を飲んでいるのかと聞いたら、白酒だという。道理で新幹線でビールを飲んでいる人が全くいなかったのだと思った。
第19目:7月31日(金)
今日兼ねての予告通り、テストがあった。問題は、ピンインと四声の記入(8問)、発音した漢字の記入(8問)、穴埋め問題(8問)、並び替え問題(4問)、20分位で終わる簡便なテスト用紙(A4(A41枚)であった。予期した通り、ピンインと四声ができなかった。とくに各語句の四声を明確に記憶していないこと、また発音した四声が何声なのかを自分でよく分かっていないことが分かった。発音についてしっかりとした訓練を行う必要性を痛感した。穴埋め問題では、正解となる二つの語句(這是と如果)がなかった。また並び替え問題では、複文問題をだしてきたが、カンマがなかったので、単文でつくる問題として理解したために不正解になった。
by inmylife-after60
| 2015-08-31 16:55
| 中国語
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