宮前ゆかり「トランプ政権〜アメリカの略奪と搾取の系譜」を読む |
ハフィントンポスト2016年11月26日配信
スタンディングロック【氷点下の中、デモ隊に放水する警察の治安部隊】
岩波「世界」2月号に宮前ゆかりの「トランプ政権〜アメリカの略奪と搾取の系譜」が掲載された。1月20日大統領就任式を迎えるトランプ政権をどのようにみたらよいのか、その手がかりと正体を探る論考として、注目したい。
筆者はまずアメリカ先住民スー族の暮らすノースダゴダ州スタンディングロックにおけるパイプライン敷設工事阻止の闘いを紹介する。
これは、パイプライン開発事業社ETPが悪名高い傭兵企業「ブラックウォーター」社と繋がりをもつセキュリティ企業による抵抗運動を監視する諜報工作や警察犬を使う住民攻撃、軍事武装警官までも導入する過酷な弾圧に業を煮やした太平洋戦争、ベトナム戦争、反戦イラク帰還兵など退役軍人などが駆けつけて、その着工を阻止するための闘いである。兵士達は非暴力不服従の誓いとともに最悪の事態を備えて死ぬ覚悟を吐露して「くだらない戦争で死ぬより、意味ある死を選びたい」という。
この記事をみて、日本の沖縄高江におけるヘリパット建設阻止のための座り込みとともに沖縄平和運動センター山城博治議長らが微罪で逮捕され3ヶ月もの間いまだに拘留されていることを想起した。
アメリカでも、この工事強行に対して、サンダース前民主党大統領候補がオバマ大統領に対する工事中止を呼びかけ、ゴア元副大統領も先住民に対する残忍行為の中止を求める声明を出したが、ヒラリークリントンを始め民主党リベラル派はなぜか沈黙を守っていると言う。また主要メデイアもこの闘いに関する報道は希で一般市民の意識に触れる機会は皆無に等しいと言う。
そこでトランプ政権の本質をどう捉えるか、筆者は、以下のように切り出した。
「短刀直入に述べよう。次期政権は、あらゆる規制を緩和し、米国民主制度が培ってきたコモン(医療、教育、環境などの公共領域)を急速に私有化する企業独裁体制の確立をめざしている」
トランプ政権が何を実現しようとしているのかをみるには現在知りうる閣僚候補のリストを眺めるだけで一目瞭然として、想定される抵抗運動の高まりに備え、治安維持のもとに自国民に銃口を向けることも厭わない残虐な軍事政策を標榜する軍人が重要ポストに3人が就くことに注意を喚起している。さらに、億万長者が10人、そのうちゴールドマンサックス(GS)出身者が3人いると言う。
この人事との関係で最も危惧されるべきことは、金融業界との途方もない「利益相反関係」に関わるものだといい、以下の事実を明らかにしている。
「トランプは、12月現在で判っているだけでも、GSやドイツ銀行、中国銀行に30億ドル(注:約3450億円)にも上る借金があり、大統領としての決断にこれらの債権者の意向が多大な影響を及ばすことは眼に見えている」という。
主な閣僚候補へのコメント(要約)は以下の通りである。
【副大統領】:マイク・ペンス
インディアナ州知事。過激なキリスト教至上主義の極右思想をもち、女性、ゲイ、移民の権利抑圧政策で名を馳せる。悪名高い傭兵企業「ブラックウォーター」が最大の選挙資金提供者。
【国務省長官】:レックス・ティラーソン
エクソンモービルCEO。エクソンは気候変動に関する科学的検証を抑圧・隠蔽してきたために環境保護団体から複数の提訴をうけている。パナマ文書審査にてパナマに拠点をおくロシア・アメリカのオイル会社の幹部であることが暴露された。
【財務省長官】:スティブーブン・ムニューチン
元GSグループ幹部。住宅ローン融資銀行の運営で36000世帯から住居を奪い、「差し押さマン」として名を馳せた。たった27セント(注:31円)の負債を理由に90歳の老女を追い出したことで有名。
【国防省長官】:ジェームス・マティス退役大将。
イラク戦争におけるファルージャ攻撃やアブグレイブ収容所(注:バクダッドから西へ約32kmの場所に位置する刑務所)での拷問虐待の指導などで見せた残虐性から「狂犬」と呼ばれる。文民統制で退役後7年以上が必要とされることから議会の承認は難しいとされる。
【司法省長官】:ジェフ・セッションズ
アラバマ州上院議員。元検察官。KKK(クー・クラックス・クランの略。白人至上主義を信条とする秘密結社)擁護など人種差別発言も多く、反移民政策を支持。米国内で生まれた者はすべて米国市民とする憲法修正14条の廃止を求めている。
【内務省長官】:ライアン・ジンク
モンタナ州下院議員。気候変動否定主義者。鉱山採掘におけるフラッキング(原注:シェールガスを抽出する水圧破裂法)を支持。
【商務省長官】:ウィルバー・ロス
富裕な金融投資家。倒産した会社を安く買いたたき、雇用を海外に移し、海外投資家に売って利益を得てきた。
【労働省長官】:アンドリューバスター
ファーストフードチェーン店経営者。バーガー店女性店員に性的虐待で有名。最低賃金15ドル(注:1725円)に反対。
【保健社会福祉省長官】:トム・プライス
ジョージア州下院議員。下院予算委員会議長。ティーパーティ党幹部。オバマケアに反対し、メディケアの私有化を支持。
【エネルギー省長官】:リック・ペリー
元テキサス州知事。ダゴダパイプラインの理事。気候変動否定主義者。
【ホワイトハウス法律顧問】:ドナルド・マックガン
選挙資金制度の改革に反対し、企業からの制限なしの選挙献金を認める裁定に関与。
【教育省長官】:ベッツィ・デヴォス
公共教育の縮小と私営化を支持し、進化論教育を否定。傭兵企業ブラックウォーター社設立者エリックプリンスの妹。
【環境省長官】スコット・プルイット
オクラホマ州司法長官。気候変動否定主義者。環境保護、公衆保健の規制削減を目的に環境保護局を提訴。
【国土安全省長官】:ジョーン・ケリー大佐
海兵隊退役軍人。グァンタナモ収容所(キューバのグァンタナモ湾沿にある米軍基地内の刑務所)の管理者。スタンディングロック先住民弾圧する武装軍(国境警備隊)は国土安全省所轄。
【国家安全保障顧問】:マイケル・フィン大将
虐待や拷問で得た情報をもとに民家への押し入り攻撃や先制攻撃などの作戦を展開し、イラク戦争での民間人殺害に関与。
【住宅・都市開発省長官】:ベン・カーソン
元脳外科医。気候変動否定主義者。子どもの頃に公共住宅に住むとの情報は虚偽との指摘。
【中小企業局長官】:リンダ・マクマホン
プロレス業界の大物。
このような顔ぶれを紹介し、その本質は「公益のマントをまとった「アメリカ優先」ではなく、むき出しの「巨大企業優先」の政治が見えると指摘する。
その後、アメリカの大統領選挙のからくりと構造を分析紹介し、「全米の人口の約20%の得票が生んだとトランプ政権。アメリカは民主国家だと言えるだろうか」と結び、今後アメリカの動きに注目すべき現象と地方における選挙結果を分析しながら、次のように締めくくった。
「2016年大統領選挙で米国の市民社会は多くを失った。同時にこれから獲得していくべき政策項目と闘いの展望もはっきりと浮かび上がっている。ファイト!」