2017年 08月 10日
紹興訪問記 〜「魯迅記念館」と「沈氏园」について〜 |
〜「魯迅記念館」と「沈氏园」について〜
7月18日からの南京調査訪問の期間中の日帰り可能な訪問先は、手軽な紹興に決めた。ここは、魯迅と周恩来の故郷であり、同じ米醸造酒「紹興酒」発祥の地でもあるからだ。
日程は22日(土曜)としたが、土曜日とあってか、高鉄(新幹線)は帰りの遅い便がすべて完売で、5時台しか予約できない状態であった。
7月22日、南京南駅から紹興北駅に向かう。市内に在来線駅の紹興駅もあるが、高鉄はすべて紹興北駅発着である。10時過ぎに到着の北駅から日本のガイドにはあまり紹介されていないBRTに乗って市内にでた。約40分位だった。このBRTは、専用駅舎での乗車券を購入(全線:5元、在来線バス:2元)して専用バス路線を走る特別快速バスである。確かに専用レーンのマークがあり、右折専用交差点レーンでも直進ができる。従って乗ってしまえば、タクシーより速く目的地に着く計算である。地下鉄のない紹興市の苦肉の策と言える。紹興北駅からは10分前後の間隔の発車であった。
紹興北駅のBRT乗車券売り場の窓口で、市内の交通ICカードを買いたいと尋ねたら、何日居るのか、一日だと言うと、なんで交通カードが必要なのかと聞くので、記念品代わりだと説明した。しかしここでは発券できず、「人民路口駅」の傍にある販売所で買えと言われた。中国の「旁辺」(pangbian)は経験的にそんな楽には見つけられないという語感を感じた私は「pangbian?!」と念を押した。人民路口駅で下りる時に運転手に販売所はどこかと聞いたら、この通り沿いの向こう側と聞こえたので、付近から来た人に二度確認しながら、3分程で件の発券所を見つけ買い求めた。

窓口の女性から、幾つか質問があったが、聞き取れない。書いてくれと言ってやっと判った。つまり市内だけかそれとも市外にもいくのかということだった。市内でお願いした。作成料(押金)20元、チャージ(充值)50元。もちろん50元分を使うことはない。
早速カードを利用して、在来バスで魯迅故居に向かう。バス停も魯迅故居。バス停前に広場があり、魯迅の写真も描かれた魯迅故居という大きな壁画がある。(冒頭の写真)
この広場に售票处(shou piao chu:チケット売り場)があるが、魯迅関連施設は全て免费(mianfei:無料)であり、チケットを買う必要がないことが判った。
早速魯迅記念館と魯迅故居にいく。記念館は魯迅生誕から逝去、文学作品に示された魯迅像を中心に、故居は魯迅の先祖と家系、魯迅の紹興時代の暮らしなどが中心である。
魯迅記念館には、13才の時に家業が倒産し、親戚に寄宿していた魯迅は乞食と呼ばれて、家に帰ることを決意し、地元の中学で漢文、算数、英文と古文を学び、更に杭州の求是書院に学んだが、学費が高く、学費の要らない学校が南京にあることを知り、自然と南京にいくことを望むようになった。
その後1902年に日本への国費留学生となり、1904年仙台医学背紋学校に留学し、父のような誤った医学知識をもつ病人を救い、戦争の時には軍医となり、また国民維新という信仰を促進することを目的とした。
医学を学ぶことを目的に留学した仙台で、時事情報として日露戦争の幻灯写真をみる機会が訪れる。そこには、露国のスパイの疑いで日本兵士によって惨殺される中国人をただただ傍観する本国人が写し出されていた。

魯迅は、もともと文学への関心も強く、最初(1898年)の「莫剑生」から、1936年の最後の「晓角」まで100を越えるペンネームを紹介する展示もあった。
尚魯迅が幻灯を見た建物は「仙台医専第六教室」と言われ、東北大ホームページに以下の記載がある。今でも現存し見学が可能という。
「片平キャンパスには、仙台医学専門学校の講義室が現在も残されています。 この建物は、「近代中国の父」といわれる文豪魯迅が学んだ場所、「魯迅の階段教室」として広く知られています。 1904年の建築後、改修・移築を経ながらも、今なお彼が留学していた頃の面影を残す歴史的な佇まいを見せています。」
故居を見学後、その対面にあった小さなお店「老面馆」で昼食をとることにした。紹興の名物料理がありそうな親しみやすい店だと思った。ビールはあるかと聞いたらないというので、绍兴酒はないかというとないというので、どんな酒があるのかと聞いたら「huangjiu(黄酒)」ならあるという。なるほど黄酒といえば、绍兴酒がでてくるというわけだ。黄酒は、紙コップに氷りを入れてだしてくれた。紹興豆腐をつまみにして飲んだ。
その後、魯迅故居の前の通り(中兴南路)の対面にあると言う越国文化博物館に行ったが、全く開館している雰囲気はなく、寂れたままの外観が佇むだけであった。残念!。
あきらめて、その前の通りを進むと、庭園らしきものの案内を見つけて入ってみた。「沈氏园」である。(20元。老人割引10元)


この東屋は「问梅槛」という額が掛けられ、そこには来訪者による想いが書かれた無数の札が繋がれていた。

「言い争いの絶えない間柄だが、これはしかし天が私にくれた最愛の贈り物である。私達の隔たりは万里程もあるが、それを気遣うことで、お互いにしっかり向き合う関係になれる。今生は永遠に幸せに愛し合い続け、来生は正真の夫婦になることができればと願っている。」
このような札が何故ここにあるのが判らなかったが、帰国後この「沈氏园」について調べてみると、南宋時代の愛国詩人「陸遊」と妻「唐琬」の離婚と再会、陸遊がここ沈氏园の再会時にその感動を綴った唐琬への詩を読んだ前妻唐琬の失意の死、それを40年後に悼む陸遊の詩という故事に由来することが判った。このような境遇をもつ者たちがここを訪れ、往時の記憶を呼び覚ます場として、当地では有名な場所なのだと察した。
その後、周恩来記念館、王義之陳列館を急いで訪問した。王義之陳列館の展示物は、実物は台湾の故宮博物館にあり、写しであることと表示されていた。拍子の抜けの感が否めかった。
時間の余裕がなく、中途半端な訪問になってしまった。しかしまた訪れたい街である。
紹興北駅発5時55分の高鉄で南京南に戻った。
by inmylife-after60
| 2017-08-10 16:11
| 中国訪問記
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