2019年 02月 16日
「AI vs 教科書が読めない子どもたち」を読む |
「AI vs 教科書が読めない子どもたち」を読む
購入動機:(東洋経済新報社2018年2月刊)
これが、来週(2月19日)の読書会に参加するために指定された本のなかで一番読みたいと思った本だった。大学生を対象としてこの3年間で1万人を越える学生からの歴史認識に関する調査・集計・解析の経験とともに、実際に大学で教鞭と執る先生から、現在の大学生の読書時間や読解力と基礎学力に関する実態を聴かされて、実際のところどうなのかということに頗る関心をもったためである。
筆者提題:
1)シンギュラリティ(AIが人間の能力を越える地点)は到来するのか?
2)東大に合格できるAIロボットをつくることができるのか?
3)今日の中高生は本当に教科書を読めているのか?
4)ひとが読解力を育成することは可能なのか?
5)AI技術社会は、将来への希望と展望を約束するのか?
6)AI技術社会に就業将来像をどのよう設計したらよいのか?
というものであった。
筆者結論:
1)現在のAI技術の方法論の延長線上ではシンギュラリティに全く届かない。
つまり現在のAIロボットは、膨大な事例を記憶させて、その中からの最適解を選択しているだけで、意味を理解して、選択しているのではない。
つまり、意味を理解して行動しているわけでなく、選択解(「教師データ」)を定義するのは、ロボットではなく、ひとであるからである。「論理、確率、統計」によって発見・発達してきた数学には、「意味」を記述する方法がないからである。
2)東ロボくんの正解率もこの延長線にあり、一切のプロセス抜きに、アプリオリに選択する手法であること。東ロボくんの最も苦手とする試験科目は国語と英語である。言語は、①文節(どこで分かれているか)、②主語と述語、修飾語と被修飾語の相補関係(「係り受け」)、③代名詞の作用に関する判断(「照応」)の3つが不可欠だが、AIはこれがまだ十分でないために、東大(偏差値77)には届かず、MARCHと関関同立(67前後)に止まるとする。
3)中高生を対象にRST(リーディングスキルテスト)を開発し、25000人からの調査から、中高生の教科書読解度は、サイコロによる正解率と変わらない到達点だとする。このRSTは、前述の言語理解に不可欠な3つ要素と「同義文判定」の以外に、意味を理解しないAIが歯の立たないと言われる①「推論」②「イメージ固定(文章と図形グラフとの同一性判断)」③「具体例同定(定義と同一事例の判断)」など、人間がAIに勝てる領域の問題を織り込んだものであるが、結果はこの領域も必ずしも期待した結果を得られなかったとする。①中学卒業の段階で、約3割が簡単な読解ができない。②学力中位の高校でも、50%以上が内容を理解する読解ができない。③進学率100%の高校でも内容理解を要する読解問題の正答率は50%強程度とする。
4)生徒らの読解力は可能とするが、何をすればよいかを想起させる相関関係は発見できなかったとする。つまり読解力(読解能力値)は、偏差値の相関関係は極めて高く、家庭の経済状況とは負の関係にあること。中学では、平均的に向上するが、高校では、停滞すること。また、通塾の有無だけでなく、読書の好き嫌い、科目の得意不得意、学習時間、スマホ利用時間などの自己申告結果との相関関係はほとんどないとする。
5)AI社会の未来は将来を約束しないどころか、現在の就業者の半数が失業する「AI恐慌」をもたらす可能性を孕むとする。
何故か?二つある。①AI自体は新たなニーズを生み出さず、従って新たなビジネスを生み出さない。AIは人の作業の代替えを支え、生産効率のみを上げるだけです。生産効率の上げられない企業は退場を余儀なくされるからである。②AIができないことをやれる人材が育成されず、「人手不足でありながら、社会に失業者が溢れている」社会になるとする。
6)ネット環境の整備とデジタル化とAI化がすすみ、ビジネスモデルが大きく転換するなかでAIには代替できない仕事は、多くは女性が担っている仕事が多いとする。そのなかで一つの光明は、糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」という「商い」のあり方とする。「また「困ったこと」を見つけて、どうやったらその「困ったこと」を解決できるかを考え、小さくとも「需要が供給を上回る」ビジネスを見つけることができたら、AI 時代に生き残ることができる」とする。
読後感:
1)AI技術に関する手法について
近年、画像認証や自動運転などAI技術の発展はめざましいスピードで進んでいる。いずれ、AIはひとを越える存在になる可能性の可否という大きなテーマですが、すくなくとも今の技術的な手法の延長上にはありえないとする見解に賛同できました。やはり、「意味」を理解して自律して動くことができるものは、ひとそのものであり、機械がひとを越える存在には無条件でなりえないと思うからである。
この本には人のもつ本源的な「意味」に関するコメントがないのが残念だが、再度、「意味」について考えることが不可欠だと思った。
2)RST(リーディングスキルテスト)について
ここでは、10題ほど紹介されていたが、自分も正答率は60%であった。問題をやりながら、どこか既視感があった。それは自動車教習所の「学科試験」問題であり、とてもいやらしいという印象をうけた。つまり意図が明確にわかれば、理解できる問題である。つまり問題そのものを理解できないと、正解を得られないということ自体を証明する出題ではないかと思った。テストの宿命なのだろうか?
3)読解力の育成手法について
読解力の育成は、まず、問題の意図つまり、これは何を理解していないと解けないのかを明示することによって大きく正答率は変化すると思う。ここを授業で生徒に理解を促す工夫があれば、改善される可能性があることを感じた。埼玉県戸田市がRSTを続けることで、県内ランクがトップレベルになったと言う。出題意図の開示とその理解が読解力の育成の手法なのではないかと思った。
4)知の正体:「教師データ」について
そう考えるとAI開発用語:「教師データ」が、読解力を養うキーワードでないかとおもった。AIでは、ひとが「教師データ」(正解)を定義する。もちろん、世の中には、正解のない問題は沢山あるのですが、テストは正解だけを選択させるため、仕方ありません。
であれば、問題のなかに「教師データ」を埋め込み、公開することによって生徒が理解を深める機会になるのではないかと感じた。
5)AI社会をどう生きるべきか?
AI社会になれば、半数の人が失業するとの予見は衝撃的である。そうなれば、間違いなく、AIロボットに対するラッダイト運動が起こるでしょう。いや起こさなければなりません。
グローバル世界への進展がますます普通に自活できない人びとを激増させるようになれば、そのようなAI社会をそもそも成立させないことを目指すべきだと思います。
戦争に勝つために開発された核兵器は、自ら人類の生存そのものを脅かす存在になり、これをやめさせるために漸く70年以上を経て核兵器禁止条約を成立させる時代を迎えることができました。
AI社会は、人びとの幸福と希望を語るツールとして、その価値を活かすものにしなければと思う。その使用はこれを禁止するという規範を作らなければならない時代が来ることを拒否したいと思いました。
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「教師データ」に関する補足
1)AIの形成プロセスについて
今日注目される顔認識や自動運転を支えるIA技術手法は、大凡「物体検出」(イチゴの写真を見せて「イチゴがここに写っています」と答えられるようにする。)の場合は、以下の通りとされる。
①ビックデータの集積
対象となるイチゴが写されている写真をサンプルデータをとして大量に集積する。
②「教師データ」の作成
「イチゴ」であることを教えるデータを作成する。どの画像に何が写っているかラベルを付けたものを「教師データ」と呼ぶ。(一般物体検出ではスタンフォードの「イメージネット」というデータで集積しているという。)
③画像の「ピクセル値行列」化
画像の「どの位置に、どの色が、その輝度で写っているか」を「0、1」で表す。これを「ピクセル値行列」という。
④特徴の重要度の判断
イチゴである特徴を抽出し、他と識別できる特徴の重要度(重み)を判断・数値化し、「重み」を調整する過程を「学習」と呼ぶ。
⑤「特徴量」の総和の集計
画像は部品である特徴量の単純な足し算(総和)で表現する。特徴量の総和が「イチゴらしさ度」を表し、一定の基準に達した画像を「イチゴ」と判定する。
以上のプロセスを見たとき、IAにおいて、もっと重要な仕事として人間が介在しなければならない仕事は、②の「教師データ」と④の特徴の重要度の判断ということになる。
2)RSTとその効果について
RSTは、上述のように、大学入試問題の特徴を抽出した想定問題を作成したテストである。埼玉県戸田市の生徒は、このPSTを体験(学習)することによって、県内のランキングを向上させたのではないかと思う。
生徒はPSTで「誤り」と判定された問題を復習することで、同じ過ちを繰り返さないことを学習し、本番では、その学習を活かせる環境が作られたから、ランキングの向上が実現したのだと思う。
つまり、PSTのなかにある「教師データ」と「特徴の重要度」を念頭に、PSTを行う前に、出題文には現れない出題の特徴と重要度を公開することによって更に熟練度が向上することになるのではないかと思う。
PSTは、「読解力」を測るテストだが、これは通常の漢字を読むことのできる能力だけではなく、問題を解決するために必要な「理解力」を測るテストであるということだと思う。そのためには以下のことが不可欠であると思う。
①文章に関する言語的な理解
まず、出題文の文章に関する言語的な理解である。それは言語を理解するための基本的手法に関する習熟である。
・文節(どこで分かれているか)
・主語と述語、修飾語と被修飾語の相補関係(「係り受け」)
・代名詞の作用に関する判断(「照応」)である。
これは、外国語を学ぶときに不可欠なことであり、これは繰り返し、文章を読み、発話を聞き、状況を想像しながら、言葉を理解し、言語をモノにするプロセスと同じである。
②出題の意図に関する理解
出題文文章には表れない意図を常に考える習慣を持たなければならない。
その意図がわかれば、自ずと正解が滲みでてくる出題が少なくない。これは、
教科書の各単元の意図したことの理解であり、教員には知っていても、生徒
は知らないという情報の非対称性に起因すると思う。授業の教案を生徒に教
えることで理解が進むのではないかと思った。
③出題文の用語に関する理解
上記の2つを理解していたとしても、出題文を言語的にしかもその意図を
理解したとしても、用語に関する理解がなければ、問題は解けない。この用語が、AIにおける「教師データ」なのではないかと思う。つまり用語の定義に関する理解がないと問題はわかるが、解けないからである。
とすれば、RSTは、大学受験という限定されたフレームのなかでは、とても学習効果をもつテストであると思う。
しかし同時にそれは大学受験というタスクに限定された手法であり、その後大学における学習や社会人としての成長という視点でいえば、既成的な「正解」を探す学習ではなく、「正解のない」こと、やってみなかればわからない「こと」に挑戦することであり、その挑戦を通じて成長する自分自身を描けるかどうかだと思う。
AIロボットにはできない人生を描くことができるかどうかである。
by inmylife-after60
| 2019-02-16 18:29
| 読書・学習・資格
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