2019年 04月 17日
元徴用工韓国大法院判決について |
「自由法曹団」東京支部ニュースNo543
〜元徴用工韓国大法院判決について〜
「自由法曹団東京支部ニュース (2019年2月)NO543 」に「かわかみ法律事務所 」川上 詩朗弁護士による韓国徴用工問題に関する解説が掲載され、その論点が分かりやすい
のでここ紹介したい。
この自由法曹団ニュース記事は、法的な論点を中心に書かれており、この裁判の基本的経緯:原告訴追事実と韓国大法院判決までに至る日本国内における訴訟経緯、1951年から開始される日韓請求権交渉の経緯、2005年に発表された韓国における日韓会談議事録開示請求を受けて発表された韓国「民官共同委員会」報告について、同氏が「季論212019年春号」(2019年4月20日発売)にて発表された「元徴用工の韓国大法院判決について」と題する論文に詳細の記述があることから、これをこの自由法曹団ニュースを補足する注として記載した。
私たちは日本では政府はもとよりリベラルと言われるマスコミにも記載されない日韓請求権交渉に関する経緯を含めた歴史的な経緯をしっかり理解した上で、この問題を考えることが不可欠であると実感した。
ーーーーーーーーー
はじめに
韓国大法院(最高裁判所)は、2018 年 10 月 30 日、元徴用工 4 人が新日鐵住金を相手に損害賠償 を求めた裁判で、元徴用工の請求を容認した差し戻し審に対する新日鐵住金の上告を棄却した。これにより、元徴用工の一人あたり1億ウォン(約1千万円)を支払うよう命じた判決が確定した。また,同年 11 月 29 日には,三菱重工を相手方とした名古屋女子挺身隊事件、及ひ広島徴用工事件でも三菱重工の上告を棄却し,元徴用工の請求を認めた。
注:原告らの訴因事実について
原告らは、1943年2年間の訓練を受ければ、技術を習得し、朝鮮に戻り、製鉄所で技術者として働けるという募集に惹かれて応募し、大坂製鉄所に勤務(17歳と19歳)。木造2階建寮の1階窓には、鉄格子がはめられ、出入口は、昼夜問わず、舎監が常時監視、寮の門も見張りがつき、夜間は施錠されていた。外出は許可制で、舎監や警察官からは、逃げても直ぐに捕まえる等と言われる。勤務体制は、1勤務8時間3交代制で、休日は月に1・2回、仕事の内容は、内径1.5m、長さ100mの鉄パイプの石炭滓(かす)と煤(すす)を一日がかりで取り除くなどの危険な仕事。食事は貧弱、賃金は、無断で貯金されられ、通帳と印鑑は、舎監が管理した。最終的には通帳などは渡されず、賃金は支払われなかった。1944年2月か3月に徴用告知を受けた。
注:新日鉄住金に対する原告の訴訟経過について
原告等は1997年大坂地裁に提訴、一審二審敗訴、2003年10年日本最高裁が上告棄却した。原告らは、2005年2月ソウル中央地裁に提訴し、地裁、高裁は敗訴したが、2009年9月大法院に上告、大法院は2012年5月24日破棄し差戻しを判決し、差戻し審のソウル高裁で原告請求を認定した。これに対して2013年敗訴した新日本住金が、大法院に上告、2018年10月30日上告棄却により原告請求認定判決が確定した裁判である。
これらの事件で問題とされたのは,未払賃金の支払ではなく,「日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配及び侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」(本件慰謝料請求権)である。大法院は,このような請求権は、 1965 年に締結された「日本国と大韓民国との間の財産及び請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定」(協定)の対象外であるとし、その慰謝料請求権に関する外交保護権と個人の損害賠償請求権のいずれも消滅していないと判示した。
新日鐵住金判決に対し,安倍首相は、2018 年 10 月 30 日の衆議院本会議において、元徴用工の個人賠償請求権は協定により「完全かつ最終的に解決している」とした上で、本判決は「国際法に照らしてあり得ない判断」であり、「毅然として対応していく」と答弁した。
しかし、安倍首相の答弁は、協定と国際法への正確な理解を欠いたものであるし、「毅然として対応」 するだけでは元徴用工問題の真の解決を実現することはできない。 本稿では大法院判決の要点を紹介し,徴用工問題解決の道筋等について考えてみたい。
第1 事実認定と違法性判断
1 「動員」と「労働」の実態の二つの側面から人権侵害性を捉えていること
新日鐵住金の事件では,騙されて連行され,賃金が支払われずに過酷で危険な労働を強いられていたという「動員」と「労働」の実態に着目して人権侵害性を認定し,企業の賠償責任を認めている。
安倍首相は,新日鐵住金の事案に関して,原告は「徴用」されたのではなく「募集」されたとし, また,朝鮮半島から募集や徴用された労働者について,今後は「旧朝鮮半島出身労働者」と称すると述べた。
しかし,「動員」のみ言及し,しかも呼称を変えようとするのは,事実を矮小化し,違法性判断を曖昧にしようとする姿勢の表れと言わざるを得ない。
2 日本の裁判所も日本企業の損害賠償責任の発生を認めていること
大法院での 3つの裁判の原告らは,韓国で提訴する前に,日本でも裁判を起こしているが,日本の裁判所は,「動員」や「労働」の実態の両者あるいはいずれか一方について違法性を認定し,日本企業の賠償責任の発生を認めている。
すなわち,人権侵害性が認定され,企業の賠償責任の発生が認められるということに関する日韓両国の裁判所の判断には,ほぼ違いはない。問題解決の出発点は事実と責任を認めることにあるが,日韓両国の司法判断を前提にすれば,その点共有できる。
第2 法的問題
1 主な争点
新日鐵住金の裁判では,1日本の裁判所の判決の効力が韓国の裁判にも及ぶか, 2旧日本製鐵と新日鐵住金の同一性が認められるか,3本件請求権が日韓請求権協定 2 条により消滅したか,4消滅時効は認められるか,5損害賠償額はいくらか,ということが主な争点であった。
このうち,本稿では中心的な争点である3について説明する。
2 大法院判決の概要
協定2 条は,両締約国及びその国民(法人を含む)の「財産、権利及び利益」や「請求権」に関する問題が「完全かつ最終的に解決された」と定めている。
この規定の解釈に関して,新日鐵住金の判決では,本件請求権に関する外交保護権も個人賠償請 求権も消滅していないという多数意見(A),外交保護権は消滅したが,個人賠償請求権は消滅していないという個別意見(B),外交保護権が消滅したことは B と同じであり,個人賠償請求権も消滅していないが,それは裁判上救済されない権利として残っているという反対意見(C)が示された。 結論としては,A 及び B は原告の請求を認め,C は認めないことになる。なお,C は,後に述べる 日本の最高裁判所判決(西松判決)とほぼ同じ論理である。
3 被害者個人の救済を重視する国際人権法の進展に沿った判決である
大法院判決では,条約法条約に則り「用語の通常の意味」に従い誠実に解釈しているが(31 条), その際,協定締結までの「準備作業」に関わる事情(32 条)として,日韓会談等を詳細に検討している。
日韓会談(1951 年~65 年)においては,日本は,植民地支配は合法であり,韓国は戦勝国でない以上,そもそも賠償は問題外であること,請求権協定は在韓日本人財産の返還問題など,戦後朝鮮半島が日本から分離したことに伴う財産関係の清算を目的とするものであるとの基本的な見解を表明していた。
他方,韓国は,植民地支配は不法であり,韓国は戦勝国の一員であり,賠償請求 は可能であること,請求権協定は植民地支配責任を含めて清算することも目的とすべきであり,在外日本人財産の返還は許されないとの基本的な見解を表明していた。
注:日韓会談の経緯の基本的な経緯について
①日韓会談の法的根拠:サンフランシスコ条約2条の朝鮮の独立を明記し、第4 条(a)項で2国間の特別取極」を規定した。②日韓会談は51年から65年まで7回開催。③日韓会談における日韓の主張日本:植民地支配は合法であり、韓国は戦勝国ではないことから、そもそも賠償は 問題にならない。請求権問題として協議すべきは、韓半島を日本から分離し たことにより生じた財産権の清算問題で、在韓日本財産の返還請求も含まれ るとする。韓国:植民地支配は、不法であり、韓国は戦勝国であるから、賠償請求は可能であ る。請求権問題は。韓半島分離に伴う財産権の清算のみならず、植民地支配責任を含めた清算も含まれるとする。戦勝国根拠は1919年上海大韓民国臨時政府が抗日戦争を闘ったことする。④1953年:第3次会談久保田主席代表の「朝鮮総督府時代も良い面があった。韓国の独立はサ条約以降 であり、その前は独立していない」により決裂。⑤1958年:第4次会談再開日本側在韓日本財産の返還請求を撤回、久保田主席代表の発言を撤回。⑥1960年:第5次会談韓国の対日8項目要求(52年第1回会談提示案)の第5項目に被徴用韓国人の未 収金、補償金及びその他の請求権の弁済措置が掲げられていた。1961年クーデ タによる朴政権成立後は、経済発展支援の方向が強まり、1962年外相会談(大 平正芳:金鐘泌)により、経済協力方式を確認、65年6月22日、日韓基本関係 条約、日韓請求権協定が署名された。
その協議過程で元徴用工の未払賃金問題等の意見交換が行われたものの,日韓両国の基本的見解に大きな隔たりがあり,最終的には,徴用工問題の扱いは曖昧にしたまま,韓国に対する経済協力 の一環として,無償 3 億ドル,有償 2 億ドルに相当する「日本国の生産物及び日本人の役務」を提供することで政治決着した(協定1条。なお,日本から無償 3 億ドルが現金で供与されそこから元 徴用工に補償が支払われたと述べる論者がいるが,それは明白な誤りである)。この有償 3 億ドル等が賠償の性格を有するのか国会で問われた際に,当時の椎名外相はそれを否定し,あくまでも「新しい国の出発を祝う」ものだと答弁している(1965 年 11 月 19 日参議院本会議)。
このような日韓会談の経緯を踏まえて,多数意見(A)は,植民地支配の不法性について合意が得られないことから,植民地支配の不法性を前提とする本件慰謝料請求権は,協定の対象に含まれないと解釈した。
また,個別意見(B)は,日韓会談の経緯等に照らせば本件慰謝料請求権は協定の対象に含まれると解した上で,国家と個人が別個の法的主体であることから,個人の権利を国家が放棄する場合にはより厳しく解さなければならないところ,協定にはその文言上、個人請求権自体の放棄や消滅については何の規定も置いていないことを理由に,国家が自ら処分権限を有する本件慰謝料請求権 に関する外交保護権のみを消滅させたものであり,個人賠償請求権は消滅していないと解した。
かつて日本政府は,原爆訴訟などで日本政府が訴えられた場面では Bの見解を述べていたし,韓国政府もこれまでは B と同様の見解であった。これらのことも考慮すると,A 及び B のいずれの解釈も法解釈として十分に許容されるものである。なお,C の見解に対しては,裁判上の救済を否定する法的根拠が不明確と批判されている。
安倍首相は,大法院判決は「国際法に照らしてあり得ない判断」と言うが,上記のとおり,大法院判決は,条約法条約に則り誠実に解釈しているといえるし,個人の人権侵害に対する効果的な救済を図ろうとしている国際人権法の進展に沿うものであり(世界人権宣言 8 条参照),「国際法に照らしてあり得ない判断」とはいえない。
なお,協定2条に関して,日本政府は,「財産,権利及び利益」は確定した財産権,「請求権」は不法行為に基づく損害賠償請求権のような未確定な権利であるとした上で,前者は「財産権措置法」 (法律 144 号)により消滅したと説明してきた(1993 年 5 月 26 日衆議院予算委員会における丹波寛外務省条約局長の答弁など)。この説明によれば,協定では「財産,権利及び利益」も「請求権」 も消滅しておらず,その後制定された法律によって前者のみ消滅させたことになる。このことも, 協定により請求権が消滅していないという解釈の一つの根拠とされている。
第3 徴用工問題の解決の道筋とその意義
1 徴用工問題の本質は被害者個人の人権問題である
徴用工問題をめぐり,日本のメディアでは日韓両国間の政治問題,外交問題としての側面が主として取り上げられている。しかし,徴用工問題の本質は,徴用工とされた原告ら個人の人権問題である。徴用工問題は,重大な人権侵害を受けた被害者が救済を求めて提訴した事案であり、社会的にも解決が求められている問題である。したがって、この問題の真の解決のためには、被害者が納得し、社会的にも容認される解決内容であることが必要である。被害者や社会が受け入れることができない国家間合意は、いかなるものであれ真の解決とはなり得ない。
2 元徴用工問題の全体解決構想
この問題の本質が人権侵害である以上、なによりも被害者個人の人権が救済されなければならない。それはすなわち、新日鐵住金や三菱重工が判決を受け入れるとともに、自発的に人権侵害の事実と責任を認め、その証として謝罪と賠償を含めて被害者及び社会が受け入れることができるような行動をとることである。
日本の最高裁判所は、日本と中国との間の賠償関係等について、外交保護権は放棄されたが、被害者個人の賠償請求権については、「請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではな く、当該請求権に基づいて訴求する権能を失わせるにとどまる」と判示している(最高裁判所 2007 年 4 月 27 日判決)。この理は日韓請求権協定の「完全かつ最終的に解決」という文言についてもあてはまるとするのが最高裁判所及び現在の日本政府の解釈である。
この解釈によれば、個人の賠償請求権は実体的には消滅していないのであるから、新日鐵住金や 三菱重工が任意かつ自発的に賠償金を支払うことは法的に可能であり、その際に、日韓請求権協定 は法的障害にならない。
そのような考え方に基づき,例えば中国人強制連行事件である西松事件、三菱マテリアル事件など、訴訟を契機に、日本企業が事実と責任を認めて謝罪し、その証として企業が資金を拠出して基金を設立し、被害者全体の救済を図ることで問題を解決した例がある。
そこでは、被害者個人への金員の支払いのみならず、受難の碑ないしは慰霊碑を建立し、毎年中国人被害者等を招いて慰霊祭等を催すなどの取り組みを行ってきた。
韓国では解決構想が検討されているが,そこでは,1元徴用工に過酷で危険な労働を強い、劣悪な環境に置いた直接の加害者である日本企業,2戦時体制下における労働力確保のために動員を促進した日本政府,3元徴用工問題を曖昧にしたまま協定を締結し,その後も元徴用工の権利救済に向けて十分な対応をせずにきた韓国政府,4協定1条の有償 3 億ドル等の恩恵を受けて発展してきたポスコなどの韓国大企業がそれぞれ資金を拠出し基金を作り,それにより訴訟原告のみならず, 同様の被害を受けた被害者全体を解決する構想(2+2 構想)が検討されている。
注:韓国「民官共同委員会」報告について
韓国盧武鉉政権における日韓会談文書公開請求訴訟を受けて「日韓会談文書」が2005年公開され、国務院総理と弁護士を共同委員長とする「民官共同委員会」が設けられ、8月26日に報告書が出された。報告書は、①日韓協定は、基本的に日本の植民地支配賠償を請求したものではなく、サ条約4条による両国間の財政的民事的債権債務を解決するためのもの」であること。②日本政府と軍による反人道的な不法行為は、解決されておらず、日本の法的な責任は残っていること。③未解決の課題として、「日本軍従軍慰安婦」サハリン同胞、原爆被害者問題」をあげた。④また韓国政府の「強制動員の被害補償」を日本政府が強制動員の法的賠償を認めないことから、「苦痛をうけた歴史的な被害事実」に基づく「政治的次元での補償を要求し、それが協定1条の無償3億ドルに個人請求権、国家請求権、「強制動員被害補償問題解決の性格の資金」などが包括的に勘案されていると見るべきであること。⑤韓国は、無償資金のなかから相当額を強制動員被害者の救済に使用すべく「道義的責任」をあること⑥75年の韓国政府の補償対象者を死亡者に限定し、負傷者を除外するなど不十分な被害補償であったこと。
人権侵害が認められ賠償責任が発生することや,協定 2 条によっても個人の賠償請求権が実体的に消滅していないという点について日韓両国に違いはないのであるから,その共通点を確認して被害者全体の解決を図ることは十分に可能である。
3 元徴用工問題を解決することの意義
この問題を解決することは,真に人権が保障される社会を構築することであり,また,日韓両国市民間の相互理解・相互信頼を育み,東北アジア全体の平和構築の礎を築くことでもある。今日日本を取り巻く安全保障環境の悪化を理由に憲法 9 条を改憲しようとする動きの中で,日本への脅威を減殺することにもなるのではないだろうか。
被害者の人権救済に加えて,平和のためにも徴用工問題の解決は喫緊の課題である。
by inmylife-after60
| 2019-04-17 18:16
| 歴史認識・歴史学習
|
Trackback
|
Comments(0)