2019年 04月 30日
白井聡:「統合の危機」問う退位 |
東京新聞11版 2019年(火曜日)平成31年4月30日朝刊 視点「日々論々」
政治学者・白井聡
平成最後の日に「統合の危機」問う退位
「平成」は天皇自身の決断により、本日、幕を閉じる。「一億総中流」が過去のものとなった平成期は「国民統合」の分解が止めどもなく進行した時代となった。二〇一六年の「おことば」で自らの考えを国民に直接訴え掛けた天皇の行動には、統合の危機に対する憂慮がにじんでいたと私は見た。
天皇たる者、ただ生きて存在しているだけでは不十分であり、「働き」、国民との交流を深め、それに基づいた「祈り」を実行することによってのみ「国民統合の象徴」たりえるとの認識を「おことば」は強く示した。天皇の「働きと祈り」は天皇の高齢化に伴い、衰弱する。その力が弱まれば、国民統合は弱まってしまう。ゆえに、体力の限界を迎えた天皇は、その位を去り、新しい天皇が新しい祈りを更新すべきなのだと。
なぜ平成期に国民統合の危機は深まったのか。それは、日米安保条約を基盤とする対米従属体制が、冷戦の終罵(しゅうえん)にもかかわらず延命されてきたことによる。沖縄・辺野古問題に表れているように、この体制は、国民の分断に対して、何らの痛痒(つうよう)をも覚えないその受益者たちの利害のために維持されている。
私は、自著『国体論 菊と星条旗』(集英社新書)で、この対米従属体制を「戦後の国体」と呼んだ。かつて「戦前の国体」のもとで、国民はあたかも天皇の所有物であるかのように扱われ、破滅の戦火に投げ込まれた。敗戦、占領を経て、国体は「菊から星条旗へ」と内実をかえて残存した。その「戦後の国体」がいま、社会の中身を腐蝕(ふしょく)させながら再び自滅的衰亡の道を突っ走っている。
対米従属体制が国体化するとは、究極的には米国が事実上の「天皇の役割」を担うことを意味する。今年二月、安倍首相は野党に対して次の趣旨の発言をしている。「御党も政権を奪取するつもりならば、米国の大統領に対してもっと敬意を払うべきだ」と。「この国で政権を担当したければ米国に娼びを売れ」と現職の首相が公言する国に、私たちの国はなった。だから、本来厳粛であるべき新元号発表においても、安倍首相は自らの政策と元号を関連づけてみせ、「政治ショー」を公然と演出した。背後に米国の威光を持つ者は、何を(元号をも)私物化しでも許される。
こうした時代に、国民に向けて発された究極の問いかけが「おことば」だった。私たちに、互いの幸せを願う、一定のまとまりを持った国民であろうとする意思があるのか。日本人を、日本国を存続させる意思はあるのか。国民に統合の意思がもうないのなら「国民統合の象徴」に居るべき場所はない。落田の時代の偉大な帝(みかど)は今日、表舞台を去る。巨大な問いを私たちに預けて。
(京都精華大学専任講師)
追記:
2019年4月30日 平成天皇の退位礼での「おことば」
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退位礼正殿の儀で、天皇陛下が述べられたお言葉の全文は次の通り。
「今日をもち、天皇としての務めを終えることになりました。
ただ今、国民を代表して、安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に、深く謝意を表します。
即位から30年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します。
明日から始まる新しい令和の時代が、平和で実り多くあることを、皇后と共に心から願い、ここにわが国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。」
退位礼正殿の儀で、安倍総理大臣が述べられたあいさつの全文は次の通り。
「謹んで申し上げます。
天皇陛下におかれましては、皇室典範特例法の定めるところにより、本日をもちまして御退位されます。
平成の三十年、「内平らかに外成る」との思いの下、私たちは天皇陛下と共に歩みを進めてまいりました。この間、天皇陛下は、国の安寧と国民の幸せを願われ、一つ一つの御公務を、心を込めてお務めになり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たしてこられました。
我が国は、平和と繁栄を享受する一方で、相次ぐ大きな自然災害など、幾多の困難にも直面しました。そのような時、天皇陛下は、皇后陛下と御一緒に、国民に寄り添い、被災者の身近で励まされ、国民に明日への勇気と希望を与えてくださいました。
本日ここに御退位の日を迎え、これまでの年月を顧み、いかなる時も国民と苦楽を共にされた天皇陛下の御心に思いを致し、深い敬愛と感謝の念を今一度新たにする次第であります。
私たちは、これまでの天皇陛下の歩みを胸に刻みながら、平和で、希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来を創り上げていくため、更に最善の努力を尽くしてまいります。
天皇皇后両陛下には、末永くお健やかであらせられますことを願ってやみません。
ここに、天皇皇后両陛下に心からの感謝を申し上げ、皇室の一層の御繁栄をお祈り申し上げます。」
by inmylife-after60
| 2019-04-30 11:55
| 歴史認識・歴史学習
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