2019年 05月 18日
『空洞化と属国化』(坂本雅子著)を読む(一) |
『空洞化と属国化』(坂本雅子著)を読む(一)
【日本経済の凋落の最大要因は、企業による生産の国外移転】
本書の序章から第3 章では、日本における生産の空洞化を、企業の「グローバル化」と一体で明らかにした。日本経済停滞・衰退の最大要因は、企業による生産の国外移転であること、それが現在もなお進行し、日本の近未来に大きな危機をもたらすことが予測されることも見た。
産業空洞化は、経済の「グローバル化」なるものの本質を明らかにしてくれる。この三〇年近くの間、世界を席巻した経済の「グローバル化」なるものの核にあるのは、結局、企業の国外への投資、とりわけ生産の国外移転であった。
資本主義は、もともと貿易や投資を通じてグローバルな活動を拡大していく性質を持つが、一九九〇年代以降の先進国による対外投資の激増は度を越したものであった。先進国企業は様々な形の対外投資を激増させ投資促進度(対外証券投資累積額十対外直接投資累積額/名目GDP) は、一九八〇年代以降一九九三年頃まではヨーロッパで三〇パーセント前後、米国で一〇パーセント台だったものが、わずか一〇年足らず後の二〇〇一年にはヨーロッパで二〇パーセントを越し、米国で四〇パーセント台になった(内閣府「年次経済財政報告書」二〇〇四年第3-1-7 図)。この三〇年近くの間に起きた「グローバル化」の進展とは、まさに対外投資の激増そのものなのである。
【グルーバル化=国民の利益と企業の利益の乖離からの転換】
企業本位のグローバル化、とくに生産の国外移転は、企業の母国の産業空洞化を加速し、国民の貧困化を進行させた。国家単位の経済成長も、生産の国外移転によって大きく損なわれるようになった。国民の利益と企業の利益はこの三〇年間で大きく乖離した。国家の役割も変質し、国家はもっぱらグローバルに活動する企業に顔を向けた政策に注力するようになった。日本経済でこの三〇年近くの聞に深刻化した経済上の諸問題の根源も、このグローバル化という名の生産の国外移転、それに伴う国家単位の経済力の低下や国家の政策の変質にその根源がある。
しかし今、世界の国民は、企業本位のグローバル化が大きく進展したこの三〇年聞からの転換を模索し始めている。グローバル化とは、企業の母国にはとめどない産業空洞化をもたらすもの、国民の喪失、貧困化をもたらすだけのものだと、世界の多くの人が考え始めた。TPP が潰れた直接的な原因は、「グローバル化」の名の下に強行された生産の国外移転に対する米国民の反発であった。EU に対するイギリス国民やフランス国民の反発もまた同様である。国家の上に立ち、各国民の意思を反映することが困難なEU という組織への反発だけでなく、EU 域内で先進国から低賃金国に生産が流出した「グローバル化」、産業空洞化への怒りがある。
【生産の海外移転は母国経済の破綻とグローバル企業の墓穴に】
日本でも、進行する産業空洞化に対するリアルな認識を大多数の国民が共有し、生産の無制限な国外移転に何らかの歯止めをかける道を模索するべき時期に来ている。低賃金国への生産の移転は、企業の自由であり企業間競争の勝利には不可欠という論理を金科玉条にしている時期は、もう終わった。自動車の主要企業のように、国内では全生産のわずか十数パーセントしか生産していないというのは、限度を越している。まして、その比率をもっと高め、いずれは日本国内での生産をやめて、外国で生産したものの逆輸入でまかなおうなどというのは、母国経済と母国民を足蹴にして崖から突き落とすのに等しい。母国経済の破綻はいずれ「グローバル」に活動する企業の足も大きくすくうことにもなるだろう。
【自国企業の放恣な海外移転を諸国民の連帯で対抗を】
産業空洞化と生産の海外移転に歯止めをかけることは、今、日本国民の喫緊の課題になっている。逆輸入関税の導入や、海外産比率の上限設定等も、空洞化対策の一案としてあげられるだろう。但しそれらの対策は、資本主義の体制と企業に大きな制約をかけることになるため、どのような対策をとるにせよ、全世界の国家とメディアは挙げて叩き潰そうとその「悪」を言い立て、騒ぎ立てるだろう。巨大な力でブロックされることは間違いない。
一国の国民では乗り越えられぬほどの大きな力に直面することにもなるだろう。このため、産業空洞化に苦しめられる諸国民の連携・連帯も必要であり、協働して空洞化対策を模索し、自国政府に要求し、巨大な力に対抗していく必要がある。
【TPP型協定はグローバル企業による属国経済圏への典型】
企業のグローバル化はまた、もう一つの問題を有していた。企業は他国に進出するにあたって、進出相手の国家が外国企業の活動を保護・保証する国家であることを求める。投資相手国が、まるで自国のような、あるいはそれ以上に活動しやすい国に変身すること、すなわちグローバル企業のいわば属国大経済圏に変身することを求めるのだ。企業は、投資相手国の政策を変更させることを望み、母国政府がそのための後ろ楯となることを求める。第6 章で扱ったTPP を典型とする経済協定の締結は、その最たるものである。TPP のような協定は、いわば企業王国の「憲法」である。自国政府が、投資相手固に「企業憲法」を押し付けることを要求するのだ。
【グローバル企業の旗印:「規制撤廃」・「自由化」】
企業王国のインフラ整備も求める。本書第3章、第5章で扱ったように。投資先で、自国と同様に、あるいはそれ以上に居心地良く生産し活動するための諸整備も求めるのだ。こうした企業の守護神たる多国籍企業の母国が掲げる「旗印」が、「規制撤廃」、「自由化」の理念である。グローバル企業の母国、とりわけ米国はこの三〇年間、外国の経済体制と政策を破壊し、「開放」を要求し続けるため、「規制撤廃」、「自由化」の旗を世界の先頭に立って掲げてきた。
ただし米国は、世界のグローバル企業全体の代弁者の衣をまといつつも、常に自国企業の守護神であった。特に日本に対しては、この三〇年近くの問、強い圧力をかけ続け、米国企業への「開放」を要するとともに日本の経済の強さをあらゆる面から大きく致損していった。それは第4章、第5章で論じたように安倍内閣によって集大成され、受容された。
【日本政府は、日本企業ではなく、米国企業のための政府に】
今後進展するだろう日米FTA などには、ISDS(注参照) が含まれることが予想されるが、それは第4 章で述べた従来の米国の対日要求の諸システムとは比べ物にならぬほどの強制力になるだろう。ISDSで外国企業に訴えられることを恐れて、政策全体が自己規制を強いられ、縛られる。自国の政策全体が、国民の利益や意見ではなく、米国企業の利益と意向を「忖度」して決められる。規制撤廃を強制され、後戻りできなくされる。また第6 章で述べたTPP の第二五章のように規制撤廃の委員会が設けられ、有無を言わさぬ米国からの規制撤廃が強制され、一九九〇年代以降の「要望書」の比ではない、国内法の上に立つ協定という強制力のあるものとなる。こうした米国企業本位のシステムが、日本の国民と政策を完全に支配することになる。日本の政府は、日本企業のための政府ですらなく、完全に米国企業のための政府となるだろう
【ISDSは日本企業の強みを毀損し、後戻り不能に】
第4章から第6章で論じたように日本は、日本企業の「グローバル化」で国内生産が空洞化する大きなダメージを受けてきただけでなく、米国企業の「グローバル化」要求による日本経済の強引な改変のために、日本経済の強さ、日本企業の競争力まで致損されてしまった。「グローバル化」による、二側面からのダメージを日本経済は負うことになったのだ。ISDS はその体制に「法的」な縛りをかけ、未来永劫、後戻りできなくする。
【企業の目先の利益優先は、資本主義そのものを揺るがす矛盾へ】
日本経済を破壊してきたこのもう一つの問題にも立ち向かわねばならない。日本経済と日本企業の強さを致損する米国企業による対日攻撃によって組み込まれてしまったこれまでの政策を、日本国民は、大きく見直す必要がある。日本だけではない。世界各国もまた、この三〇年近くの聞に進行した企業の放恣な活動の援護を最優先する政策を見直し、国家の真の役割を取り戻す必要がある。企業の目先の利益だけを最優先する政策は、資本主義体制そのものを揺るがす矛盾をますます拡大していくことになるだろう。
【国民の怒りの矛先を排外主義に転化し、国家間戦争に導く時代からの回避】
企業利益を最優先する体制によって、資本主義の矛盾を加速させたあげく、国民の怒りの矛先を排外主義に転化し、国家間の戦争や大国による局地的な武力行使へと捻じ曲げられていく時代がくることだけは、何としても避けねばならない。日本が米国の代理として集団的自衛権を行使して、日本とアジアを局地戦争やテロの泥沼に巻き込む先頭に立つような事態だけは、どんなことがあっても避けねばならない。紛争や戦争によるおびただしい命の濫費による資本主義体制の歪んだ再編ではなく、平和を守り、資本主義とその国家の改良に各国民が協働して取り組むことが何としても必要な時代に、今直面している。
注:ISDS: Investor State Dispute Settlement、
別名:投資家対国家の紛争解決、投資家対国家の紛争解決制度、ISDS条項
外国人投資家と投資受け入れ国との間で生じた紛争を解決する手段として、国家間の協定等に盛り込まれる条項。自由貿易協定(FTA)などを締結した国家間において、外国企業が相手国政府から不当に差別され不利益を被った場合などに、相手国政府を相手取って訴訟を起こすことを可能とする。
by inmylife-after60
| 2019-05-18 16:14
| 読書・学習・資格
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