2020年 08月 31日
キャンパスは本当に必要なのか? |
キャンパスは本当に必要なのか?
岩波書店「世界」2020年9月号
「ポストコロナの大学論」(2)
東京大学大学院情報学環教授:吉見俊哉
「世界」2020年9月号に先月から連載された「ポストコロナの大学論」の第二弾として、吉見俊哉氏(東大大学院情報学環教授)による「キャンパスは本当に必要なのか」と題する論考が掲載された。
6月以降小中高の教室授業が再開される中、大学はその後もキャンパスを閉ざし、オンラインをベースにした授業が継続し、後期授業にむけた新たな進展が模索されているが、ゼミ講座に対面授業を再開するとの観測があるものの、基本ベースはオンライン授業の継続にある様だ。
この論考は、コロナ対策の緊急対応としてのオンライン授業の進展を契機として、改めてインタネット環境下における本来の大学の教育のあり方とともに大学教育の場をキャンパス内の教室から社会的な現実と現場の中に位置付けるべきと提起しており、ポストコロナにおける大学教育とキャンパスのあり方を見通す示唆に富む指摘についてその概要を紹介したい。
この論考のテーマは以下の通りである。
0)教育のオンライン化の歴史的経緯について
1)大学における対面授業とオンライン授業について
2)大教室のオンライン授業の実現可能性について
3)キャンパスなき大学教育の実現可能性について
4)大学の学びとキャンパスの変容について
0)教育のオンライン化の歴史的経緯について
オープンエデュケーションの原点は、1969年英国労働党政権の「オープンユニバースティ」構想にある。この大学は、入学に高いハードルを設けず、授業料も安価で、誰でもが、高等教育を受けられる環境をめざし、現在世界で70校以上に開設されている。
この流れを受け継いだのが、2002年に開設されたMITの「OCW(Open Couse Ware) 」であり、04年900科目の公開を実現する。日本の大学も参入し05年から公開を開始する。
このインターネットの双方向性は、受講者が発信者となると同時に教師がこの発信者の能力と努力の方向を可視化する仕組みの必要性が生まれ、受講者が十数万人に及ぶOCWは、新たな対応が迫られた。この対応とした開発展開されたのが2011年開始のスタンフォード大学のオンデマンド配信型授業:MOOC(Massive Open Online Course)である。
MOOCによるオンライン講義は、第一の鉄則として、講師が10分以内で、話の起承転結を付けること、1回の講義を8〜9ユニットで構成し、各ユニットにクイズで復習する。第二として出席確認、クイズへの返答、レポート送信などで修了証を発行し、大学の準正規のプログラムとし認定される。第三に受講者の学習履歴は、記録され、解析の対象となり、優秀な受講者は、大学から奨学金付きの誘いの可能性を持つものである。
しかしMOOCは、オンライン化する大学教育全体をカバーできない。対象とする受講者を数千、数万の単位であれば、費用対効果が成立するが、大学教育の根本は少人数の学生と教師が蜜なコミュニケーションをする授業にある。
1)大学における対面授業とオンライン授業について
2020年6月段階の日本の大学のオンライン授業の実施率は90%に達し、コロナ以前の25%前後から革命的な変化を見せた。オンライン授業は、①同じ空間と時間を共有する「対面型」②空間は別で時間を共有する「同期型」③空間と時間を共有しない「非同期型」の3つに分類される。③は上記のMOOCである。
オンライン授業の強みは①移動を必要とせず、どこにいても授業に参加できること②相互の通信回線の安定が確保され、操作に慣れれば、少人数ゼミは対面授業と討議は教室とさほど変わらぬ対応が可能であること③教師側が熟達すれば、学生の理解度への観察と対応を可能とするなどから学生の肯定的な評価が少なくないとする。
その弱みは、①参加者学生同志が横で論議するのが簡単ではないこと②初対面の学生が仲良くなることが困難であること③学生が通信量の節約でカメラをオフにするため共有感が弱まるなどがあるが、端末と通信環境整備を無償で提供するなどの仕組みを不可欠とする。しかし、それでも①実技・実習系、実験系の授業②ワークショップ、フィールドワークを中心とする授業には限界がある。未来の大学は、オンラインと対面の複合型になるとする。
2)大教室のオンライン授業の実現可能性について
教室における授業は、教師がどのタイミングで誰に発言させるのかの裁量を持ち、学生間でどう論議させて、活性化させる手法をどう持つかが肝心である。2000年以降大学は大教室の受講生を対象にしてこれをどの様に行うのかを重要な課題としてきた。
今回の緊急退避的なオンライン授業の提供は、教員への授業準備とその収録に関する意識改革効果は計り知れ知れないが、一方で「手間がかかりすぎる」との不満が生まれた。また学生側は、配信型の授業に対して、任意視聴、分割視聴、反復視聴などのメリットを感じ、評価は高い。予備校的知識の入手には馴染み易いからだが、これは本来の大学教育の姿ではないはずだ。
配信型のオンライン授業は、教師と学生の学問的な問いを共有するすべがない。MOOCは、対象とする学生が数千人、数万人の場合は有効だが、数百人を対象する場合には各教師が授業コンテンツを制作するにはあまりにも労力が膨大で適さない。
大教室で教師が学生を相手に駆使してきた空間感覚に代替させる方法はコンピュータによるデータ解析技術にある。つまり数百人規模の学生を対象に個々の学生を把握する教師に必要な能力は、熟練した教師でも手に負えず、AI技術を駆使するしかない。基礎科目や大学が広くアピールしたいテーマで念入りに作り込まれた授業を大規模オンライン配信で提供することに適しているが、全てではない。大学の根本はそこにはない。
3)キャンパスなき大学教育の実現可能性について
MOOCのイノベーションとは別の方法を通じて、オープンエデュケーションを模索する大学教育のオンライン化に挑戦した大学が、2014年ベン・ネルソンにより創設されたミネルバ大学である。
この大学の設立の背景は、あまりに高くなりすぎた学費に見合うだけの教育の提供とともに、教育効果に関する大学側と実業界の評価との乖離の克服にあった。エリート大学の水準を超える少数精鋭教育をオンラインで行うことであり、受講者の規模を拡大することではない。一方、キャンパスを持たないことは、大学の運営コストを大幅に削減した。
ミネルバ大学には、立派な校舎も、スポーツ施設も、図書館も、食堂もない。大学としての投資は、オンライン上で最高レベルの学生の学びを実現することに集中させた。しかし大学として建設した施設がある。それは世界各地の学寮だった。学生達が共同で学寮に住むことを大学が成り立つ根本と考えた。この発想の基底には大学にとって真のキャンパスとは、都市そのものだという認識がある。
世界の7つの都市を渡り歩き、各都市をキャンパスと捉え、授業は各種プロジェクト参加を前提とするが、それだけでは高度な学びは実現できない。そこで一クラス18人以下の小規模の学生たちは、各都市の学寮と米国の大学本部にいる教師とオンラインで同時双方向型の授業を毎日の様に繰り返し行うのである。授業の組み立ては、指定文献の事前予習を前提とする徹底した討論を基本にするものであり、米国のトップレベルの大学の授業と変わらない。ミネルバ大学はこのオンライン授業を教育の総合的な仕組みとして有効であるとの認識故に組み入れたものだ。
4)大学の学びとキャンパスの変容について
大学におけるオンライン化への急速な進展が起こる以前から、始まった上述の地殻変動を振り返りながら、今後の大学キャンパスとその変容とは何にかを考えたい。
今後の高等教育の未来のかたちが、上述の2つの手法のどちらがより優れているという問題ではない。オンライン化した大学では、相互に機能を担い、相補的な関係を形成する。大きくは、毎年大人数が受講する基礎科目、内外の受講者の関心を集める科目は、支援体制を組んだMOOC型授業にし、大学の学びの土台を形成する比較的な小規模なクラスの対話型授業にシフトしていく。しかもこのスタイルの対話型授業は比較的オンライン化が容易であるとする。
大学がオンライン化を前提に教育改革を進めるとすれば、授業規模を小さくせざるをえず、大教室授業のまま、オンデマンド配信型の授業録画を各講師任せで、教育の質をあげることはそもそも不可能である。この大教室授業から少人数対話型への移行は、日本においては私立大規模大学を中心に大学運営の根本的な転換が迫られる。
オンライン化に伴う喫緊の課題は、オンライン授業と対面授業の時間割上の調整と構造化である。つまり学生からすれば、同一日にオンライン授業と対面授業の混在は選択できないからである。大学は、全学統一的な仕組みの中で、双方を振り分けなればならない。また対面からオンラインへの移行は、その分の教室を不要とし、大学の学内スペースの有効活用法を長期的な展望で検討する契機となる。
大学にとって、いま何か必要か?
大学に「社会」を挿入するのでなく、むしろ大学が「社会」の中に染み出し、社会課題の現場の中で学問知の批判力と想像力を試し続けることである。
もしも大学が完全オンライン化し、実空間から撤退してしまったら、その様な大学の学びは行き詰まる。オンライン授業には外部に実空間の存在が不可欠である。問題はそれが本当にキャンパス内の教室でいいのかという点である。ミネルバ大学の試みは「オンラインの学びを携えて町に出よう」なのだ。
完
by inmylife-after60
| 2020-08-31 17:24
| 読書・学習・資格
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